ゆーすPのインディーロック探訪

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マイケル・アンジェラコスの進化と深化―Disc Review : Passion Pit / Tremendous Sea of Love

マイケル・アンジェラコスの進化と深化

Disc Review : Passion Pit / Tremendous Sea of Love (2017)

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 「明るく煌びやかなエレクトロポップ」ー2009年にリリースされた彼らの1stアルバムを一言で表すとすれば、そんな言葉が適切だろう。80年代的なエレクトロにとびきりポップなメロディが乗り、高音のファルセットがエモーショナルに迫る。彼らのデビュー作"Manners"はロックファン、エレクトロファンの両方に大いに評価された作品となった。しかしながら、こうしたポジティブな要素が溢れる中で、どこか抽象的で陰鬱とした歌詞が印象的であった。

 この歌詞の暗さにまつわる疑問が明らかになったのは、"Manners"のリリースから約一年後のことであった。1stアルバムのリリース後、そのツアー活動などがひと段落すると、フロントマンのマイケル・アンジェラコスは自身が双極性障がいを抱えていることを明らかにしたのである。

 

「人からも『どうしてよくライヴをキャンセルするの?』って言われても、『偏頭痛がひどくて』とか言ってきたわけだけど、実際にはベッドからもう動けないってことだったんだからさ。自分が肺炎なんだって言った方がぼくにはよっぽど楽なんだよ。だから、そう言ってきたつもりなんだけど、あの(ピッチフォークでマイケルが双極性障害のことを明かした)記事が出てくれたおかげでもうなにも言わなくてもよくなったんだよ。人にはこれが本当に神経の磨り減るようなものであるだけでなく、とてつもない労力がかかるということがわかってもらえないんだよ。生涯ずっとどうにかしていかなきゃならないことだからね」*1

 

 1stアルバムが人気を博しライブ活動を重ねる中で、双極性障がいが原因で彼はライブをキャンセルせざるを得ないことが多々あった。そうした中で自分の実際の状況に嘘をついてキャンセルをするのは彼にとってこの上なく精神をすり減らすことであったようだ。そして、1stアルバムの陰鬱な歌詞は精神病棟への入院や自殺未遂など、マイケル・アンジェラコスが抱える問題を反映したものであったということが明かされたのである。

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 それでも、2ndアルバム"Gossamer"においても、その明るく煌びやかなサウンドは健在だった。1stよりも作り込まれたアレンジでサウンドは厚みを増し、ジャケット写真には太陽の光に手を伸ばす二人がデザインされていた。しかし、1stアルバムからこの2ndアルバムまでの3年間は、マイケル・アンジェラコスにとっても辛い時期であったという。2011年には、アパートの窓から飛び降り自殺を図ったと明かされている。それでも、長い時間をかけ、このアルバムを見事に完成させた。「ようやくつかえてたものが取れて、自分も前に行ける」と彼が語っているように、"Gossamer"は彼にとって、「辛い中でも歩を進めよう」とするポジティブな1枚だった。

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 それからまた三年のスパンで、彼は3rdアルバム"Kindred"を発表した。このアルバムは彼の妻に向けたラブレターと位置づけられたもので、リードシングル"Lifted Up (1985)"では、「1985年はいい年だった、だって空が割れて君が降ってきたんだから」と妻が産まれた年であるという1985年がタイトルに冠されている。そんな背景もあり、本作は過去作と比べて希望に満ち溢れた一作であったといえよう。 

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 しかしながら、マイケルはこの3rdアルバムのリリースから約4ヶ月後、8月に「ラブレター」を贈ったその人である最愛の妻との離婚を発表した。3rdアルバムの制作時にこうした未来を彼が予測していたかはわからない。しかしながら、離婚という二人の物語の終わりを知った後でこの3rdアルバムを改めて聴くと、"1985 was a good year"という一節が、幸せだった過去への逃避だったのではないかとも考えてしまう。

 

 マイケルの人生が強く反映されたPassion Pitの音楽は、まさにマイケルの人生と一体のものであった。自分の出来事や思いを音楽に昇華し、自分の人生を音楽で表現するのである。煌びやかなシンセの音がどこか暗く現実的な歌詞と合わさる様は、まさに人生の両義性を示しているようにも考えられる。

 そうやって自分の人生を音楽に乗せてきた彼が、今回2年ぶりにリリースした"Tremendous Sea of Love"は、今までとは少し毛色が異なる作品だ。

 一つ目の点はそのリリース形態の特異性である。本作は、神経科学者のMichael F. Wellsをサポートするマイケルのツイートをリツイートすることでアルバムの音源を無料で手に入れることができるという変わった形態をとっている。それに伴い、精神疾患研究を行っている米ブロード研究所のスタンレー精神医学研究センターに本作の収益は全額寄付されるという。一方で音源のフィジカルリリースは12月現在されておらず、配信限定のリリースとなっている。

 二つ目の点は、アルバムや楽曲の構成をめぐる点である。"Somewhere Up There"は特に注目に値する楽曲だ。同楽曲は、冒頭から2:43ごろまでの導入部、2:43ごろから3:40ごろまでの中間部、そして10〜20秒ほどのセリフ部分を挟んで4:00ごろからラストまでの終結部の3つのパートからなる。煌びやかなイントロから始まる軽やかでポップな導入部、テンポをぐっと落としシンセのリフが印象的な中間部、そしてラストに向けて徐々に煌びやかさを増していく終結部、といったように、同曲は曲中で様々な展開を見せる。

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 それに伴い、アルバムを通してとりとめのなさ、抽象的なイメージが付きまとう。今までのPassion Pitが「ポップな曲に抽象的な歌詞を載せる」ことで彼の人生を描いてきたとすれば、本作では「抽象的な曲に抽象的な歌詞が載っている」と言えよう。

 彼が本作で提示したのは、彼の人生をめぐるストーリーに留まらない。音楽の販売形態に対する疑念、精神疾患に対する社会的認知の低さ、そして過度のインターネットの発展に対する懐疑。こうした多様で複雑な問題を取り上げる際に、そんな雑多な問題群を作品に反映させる際に、抽象的な楽曲である必要があったのかもしれない。

 しかしながら、こうした社会的問題をよそに、ピュアで美しいメロディーが我々の心に突き刺さる。"I'm Parfect"はPassion Pitらしさに溢れたとびきりポップな楽曲であるし、"To the Other Side"では、マイケルのヴォーカルを美しく儚げなピアノが彩るエピックな一曲だ。"Tremendous Sea of Love"はブライアン・イーノやフェネスを思わせるアンビエントミュージック的な楽曲であるが、時折聞こえるマイケルのファルセットが聴く者の心をぐっとつかむ。

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  そしてラストトラック"For Sondra (It Means the World to Me)"では、寂しげなピアノの音に始まり、中盤ではゴスペルをも想起させる荘厳なファルセットが響き渡る。このファルセットの盛り上がりと共に煌びやかなシンセの音が我々に降りかかったかと思えば、再び寂しげなピアノが鳴り響き、最後はマイケルの歌で曲は終わりを迎える。

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 まるで人生を走馬灯のように駆け巡るかのような"For Sondra"を聴き終えて、やはりPassion Pitの音楽は我々の人生のありかたに寄り添う音楽であると、改めて実感した。確かに本作はこれまでのように、マイケル自身の人生のストーリーが強く作品に反映されたものではない。商業主義化する音楽シーンに対する疑念やアルバムというフォーマットそれ自体に対する疑念など、様々な既成概念に対する疑念が 渦巻く中で制作された本作は、ある意味ではKanye Westの"The Life of Pablo"にも通ずるような作品である。しかしながら、そんな中で、ふと明るく煌びやかな音が降りかかる。Passion Pitらしさの溢れたポップなメロディが紡がれる。まぎれもない"Passion Pitの"音が鳴り響く。新たな魅力と彼らしさが同居する本作を経てPassion Pitはいかなる道へ進むのだろうか。彼のこれからに更なる期待を込めて。