現代アラブ・ポップミュージックの名曲10選[Part.1]-パレスチナ・ヒップホップ編-
どうもゆーすPです。今回は以前から取り上げたいと思っていたのですが、なかなか書けずにいたトピックを投稿したいと思います。ズバリ、アラブ音楽に関してです。
恐らくアラブ音楽に馴染みがある人は少ないと思います。実際に、洋楽をよく聴く人でも、アメリカ、ヨーロッパ以外の地域についてはよく分からない、という人も多いのではないでしょうか。
ともすれば、そもそもアラブにまともな「音楽シーン」なるものがあるのか、その存在すら疑わしいと思う人もいるかもしれません。
そんな方々に、是非アラブ音楽の魅力をお伝えしようと、今回この記事を書かせていただきました。アラブ音楽を、色眼鏡を通してではなく、純粋に音楽として聴いてみると、「あれ?意外といいじゃん」って思える楽曲がたくさんあって。皆さんと、そんな体験を共有できたらと思います。御託はこれくらいにして、早速楽曲紹介といきましょう。(…と言いつつ以下、少しばかり御託が続くので、早速楽曲紹介が見たい方は以下目次の「・私的おすすめの現代アラブ・ポップミュージック10選」へ。)
- ・イスラームで音楽は禁止されている?
- ・アラビア語と音楽
- ・私的おすすめの現代アラブ・ポップミュージック10選
- 1.Min Irhabi? (مين إرهابي) / DAM (دام)
- 2.Long Live Palestine / Lowky
- 3.Damascus / Omar Offendum
- 4.Hamdulilah (حمد لله) / The Narcicyst
- 5.The Unsolved Case / Kayaan (كيان)
・イスラームで音楽は禁止されている?
さて、アラブ音楽と聴いて、「あれ、イスラーム教では音楽(楽器)が禁止されているのでは?」って思った方、鋭いです。アラブと聴いた時に、一番にイスラーム教を思い浮かべる方は多いかと思います。実際にアラブを語る上でイスラームの理解は不可欠です。
では、イスラーム教における聖典、『コーラン』において音楽は禁止されているのでしょうか。実はされていません。確かに「詩人」を悪魔の手先として描いた章句はあるのですが、この詩人の表現をもってイスラーム教は音楽を禁じている、とするのはいささか早計であることが分かるでしょう。この「詩人」の表現を理由に、ターリバーンやアルカイダが音楽を禁止しているという事実はあるのですが、そういった解釈は非常に例外的である、ということを理解していただきたいと思います。
さらに、禁止されていないどころか、「アザーン」や「クルアーン朗誦」などの宗教儀礼に注目すると、むしろ音楽を重視している、と言っても間違いではないと思います。総じて言えば、ムスリムだからといって音楽を聴かない、ということはなく、むしろ好んで音楽を聴く人々がたくさんいて、それは我々と全く同じだということです。
・アラビア語と音楽
今回ここで紹介する曲の内半分ほどの曲が、アラビア語による曲となっています。みなさんアラビア語には全くなじみがないかもしれませんが、実はアラビア語では「音の響き」が非常に重視されます。
基本的にアラビア語の単語は三つの「語幹」から成り、この語幹を組み合わせることで単語が出来上がります。例えば、「書く」、という動詞は”كتب”といいますが、この動詞はك(ka)・ت(ta)・ب(ba)の三つの語幹から成っています。そして、この「語幹」というものが非常に重要でして、「書く」ことに関連する単語はすべてこの三つの語幹(ك(ka)・ت(ta)・ب(ba))から作ることができるのです。ここでわかりやすくカタカナで発音を表記させていただきますと、「書く」は「カタバ」、「本」は「キターブ」、「作家」は「カーティブ」、「図書館」は「マクタバ」、といった感じになります。
そして、この三音の組み合わせ方は名詞の種類等によって決まっています。ちょっとわかりづらかったかもしれませんが、こうした理由で、アラビア語は「音の響き」が非常に美しい言語である、と言われています。
前置きが長くなってしまいました。早速曲の方に行きましょう。
※左(曲名)/右(アーティスト名)
・私的おすすめの現代アラブ・ポップミュージック10選
1.Min Irhabi? (مين إرهابي) / DAM (دام)
ということで一曲目は、DAMのMin Irhabi?です。Min Irhabi?は日本語では「誰がテロリストか?」という意味になります。本楽曲は、映画「自由と壁とヒップホップ」で用いられたこともあって、アラブミュージックの中では比較的有名な部類に入るかと思います。
本楽曲で歌われているのは、タイトルから何となく想像できたかもしれませんが「パレスチナ問題」についてです。
冒頭のリリックで、
誰がテロリスト?
俺がテロリストだって?
こちとらお前らに土地を奪われたってのに、どうやったらテロリストになるんだよ?
と歌われています。これは諸外国、特に欧米のパレスチナ問題の認識に対する強烈な批判です。パレスチナのゲリラ(=欧米の言うテロリスト)がイスラエルを攻撃した際、イスラエル軍は自衛を理由に「テロリスト」の人々を殺害します。そしてこうした事件をアメリカメディアは「恐ろしいイスラーム過激派がイスラエルを攻撃し、イスラエルはその危険を見事に排除した」というふうに伝えます。しかしながら、実際にあるのは圧倒的な権力の非対称性です。パレスチナ側の攻撃が自爆テロやインティファーダ(石を投げる行為)に留まるのに対して、イスラエルは「国軍」が、空爆をし、ブルドーザーで石を投げる市民を踏み潰し、パレスチナ人を元々住んでいた土地から追い出すのです。
ですから、欧米諸国はパレスチナ人を「テロリスト」だと呼びますが、ある人を住む土地から追い出し圧倒的な軍事力で反対を抑え込むイスラエルの方こそ「テロリスト」なんじゃないか、と言うわけです。
日本のメディアに接していると、パレスチナの現状はなかなか見えてこないのが実際のところです。そんなパレスチナから遠く離れた日本に住む私たちがパレスチナで起きていることを知るのにぴったりな一曲となっています。
2.Long Live Palestine / Lowky
こちらも上述のMin Irhabi?同様、パレスチナの解放を歌った非常にメッセージ性の高い一曲となっています。日本では政治と音楽について、両者は不干渉であるべきだ、との声を聴くことがありますが、それはある程度平和な国であるから言えることでしょう。最近タイの軍事政権を批判した"Rap Against Dictorship"が話題になっていますが、圧政や紛争に苦しんでいる国においては、本当に、音楽が状況を変える処方箋となりうるのです。
さて、そんなLowkyの一曲ですが、曲名が"Long Live Palestine"とだけあって、非常に政治的主張が強く、パレスチナ独立の願いをラップしたものとなっています。ちなみに"Long Live Palestine part.2"という楽曲もあり、こちらはパレスチナの有名ラッパーがこぞってフィーチャリングに参加しためちゃくちゃかっこいい一曲となっています。"part2"の方ではアラビア語パートも。
本楽曲はLowkyのアルバム"Soundtrack to the Struggle"に収録。良曲ぞろいなのでこちらも是非チェックを。ちなみにこのLowkey、イギリス系のイラク人だそうで、グラストンベリーやT in the Parkにも出演したことがあるそうです。
3.Damascus / Omar Offendum
こちらはサウジアラビアで生まれワシントンで育ったというシリア系アメリカ人Omar Offendumの一曲。彼はラッパーとして活動する傍ら、デザイナーや活動家としても活動していて、世界を股にかけ国際的に活躍しています。
この楽曲のタイトルDamascusはシリアの首都、ダマスカスのことで、2011年のアラブの春以降現在まで続くシリア内戦について歌った曲となっています。2011年に発生した反体制デモに対して、アサドは徹底的にこれを弾圧。これを受けてアメリカをはじめとした大国が介入をしたために、各国の利害が複雑に絡み合うこととなり、さらには2014年以降イスラム国が伸長した影響を受け、シリアの戦火はさらに広がり、現在ダマスカスは廃墟と化してしまっています。
ダマスカスは、「世界一古くから人が住み続けている都市」として知られていて、ウマイヤドモスクやアゼム宮殿といった歴史的建造物が立ち並ぶ美しい街として観光客で賑わっていました。今やその面影も失われてしまいましたが、2011年以前の写真を見ると、その雰囲気を知ることができます。
ちなみに曲の冒頭では、現代アラブにおける最も優れた詩人の一人であり、シリアのナショナリズムにも影響を与えたとされるNizar Qabbani(1923-98)の詩が引用されています。
4.Hamdulilah (حمد لله) / The Narcicyst
The NarcicystことYassin AlsalmanはUAE出身のラッパーでジャーナリストとしても活躍している人物です。そんな彼の本楽曲はワイルドスピードスカイミッションの挿入曲として用いられていたようで、ワイスピのサントラにもWiz KhalifaのSee You AgainやT.I. & Young ThugのOff-Setと並んで収録されています。
さて曲名のHamdulilahですが、アラビア語ではよく用いられる表現でして、元々は「賞賛は神にある」という意味で、クルアーンの冒頭にも用いられている表現なのですが、日常生活の場では「おかげさまで」といった意味で用いられます。
本楽曲は、Shadia Mansourという「アラブヒップホップの母」と呼ばれるイギリス系パレスチナ人をフィーチャーしており、彼女のオリエンタルな歌声から楽曲は始まります。トラックの方も中東感のある幽玄なイメージを思わせる作りで、彼のアラブへの愛が感じられるものとなっています。
一方で曲の最後には"It's like a jungle sometimes It makes you wonder"とGrandmaster Flash & The Furious FiveのThe Messageからの一節もあり、そうしたオールドスクールヒップホップへのリスペクトが見てとれます。
5.The Unsolved Case / Kayaan (كيان)
こちらはこれまでと打って変わってjazzyでお洒落なKayaanのナンバー。Kayaanとは、ピアニストであるChristian Muellerを中心に結成された国際的な音楽プロジェクトで、アラブヒップホップと西洋的ジャズのブレンドに挑戦するグループである、と紹介されています*1。実際に、Kayaanは3人のパレスチナ人ラッパー、6人のスイス人ジャズ奏者、そして1人の同じくスイス人の女性ヴォーカリストから構成されています。ちなみにグループ名のKayaanはアラビア語で「存在」や「本質」を意味する言葉です。
そんなKayaanのこちらの一曲、聴いていただければ一目(耳?)瞭然ですが、アラブヒップホップと西洋的ジャズが非常に高いレベルでミックスされており、私はほとんど違和感を感じませんでした。一方で、アラビア語のラップが独特な雰囲気を醸成しており、その点では新鮮さを感じられます。そんな楽曲の歌詞の方は、パレスチナの過酷な現状を生きる若者たちの生活を鋭く描いたものとなっています。
ということで、なんだか長くなってしまったので、6曲目~はPart.2に続きます。今回はパレスチナ多めだったのですが、次回はエジプトを中心に紹介する予定です。