ということで前回記事↓の続き。6〜10枚目です。
(前回記事↓)
- 6. Still Still Stellar / 星街すいせい
- 7. Bang!! / BOOGEY VOXX
- 8. NEW ROMANCER / 理芽
- 9. CITY/TOWN / 隣町本舗
- 10. Open Window vol.1 / 窓辺リカ
6. Still Still Stellar / 星街すいせい
元々はフリーランス=個人勢として活動していたが、2019年にホロライブ所属となったVTuberシンガー星街すいせい。自身の名前もさることながら、楽曲名、歌詞などに星や宇宙といったモチーフを多用する点が特徴的で、例にもれず本アルバム名も「Stellar」(=恒星)とまさに星にまつわるものとなっている。本作は、彼女の歌唱力の高さがいかんとして発揮され、透き通るような美しいメロディーから力強いロックサウンドまで、様々なサウンドが見事に表現された一枚である。
JPOPの王道を往く良質なメロディーがずらりと並んでおり、特にAimerやLiSAあたりを彷彿とさせる10年代アニソンの意匠を感じさせる楽曲が多く収録されている。その意味で、一聴して衝撃を覚えるようなエクスペリメンタルな要素があるわけではないが、粒ぞろいの名曲が多く、細部まで作りこまれた完成度の高い楽曲が目白押しだ。個人的にはTAKU INOUE氏が手掛けた表題曲「Stellar Stellar」がお気に入り。疾走感のあるロックサウンドとエレクトロビートが見事に織り交ざる様はさながら20年代のschool food punishmentといったところ。また、Vtuber楽曲大賞2020で楽曲部門1位を獲得した彼女を代表する一曲「NEXT COLOR PLANET」は、グッドメロディとヴォーカルの技術の高さはもちろん、そのトラックに耳を傾けると、サックスやベースの質の高さもまた際立っていることがよくわかる。
本作はダウンロードチャートのみならず、オリコンのランキングでも上位を獲得し、アルバムデイリーでは最高位3位と広い層にリーチした作品となった。その意味で、彼女の音楽は、VTuber界隈、ひいてはアニソン、ボカロ等の文化にほとんど馴染みがない層にも届きうるポテンシャルを秘めているといえよう。
7. Bang!! / BOOGEY VOXX
ボーカル担当キョンシーのCiと、ラップ担当フランケンのFraからなる(という設定の)、バーチャルアンデッドユニットBOOGEY VOXX。Ciのパワフルかつ安定感のあるヴォーカルとFraの荒々しくも聞き取りやすいハキハキとしたラップがご機嫌なエレクトロミュージックに乗る、パワーのあるハイテンションな楽曲が特徴だ。
デビュー1周年を祝してリリースされた本作は、ぱっと聞いた感じでは2000年代中盤頃のFLOWやHOME MADE家族、あるいはnobodyknows+のような、やんちゃなノリの良い楽曲達だなぁというくらいの印象だったのだが、聞き進めると細部まで作りこまれた今の音が鳴っていることに気づかされる。実際、「Ghost City Club」や「HOPE」といった隣町本舗の手掛けた楽曲は、トロピカルハウス以降のエレクトロの音、それこそJonas BlueやODESZAあたりを彷彿とさせるし、「GOLDEN BATS」はオールドスクールヒップホップとSkrillex的なブロステップがぶつかり合う一曲となっている。
また、自身の「個人勢」としてのアイデンティティを前面に打ち出した楽曲も多い。「D.I.Y.」はタイトル通りそんな自身のDIY精神を高らかに歌い上げた楽曲であり、巨大ビジネス化しつつあるVTuberシーンに対する強烈なバックラッシュを演じた。
VTuber楽曲大賞2020の場で、ホロライブ内の音楽レーベル・イノナカミュージックを主宰するツラニミズ氏は「BOOGEY VOXXが引っ張ってきた人たちで、今年1年のシーンがすごく変わったし、それはめちゃくちゃデカい。BOOGEY VOXXたちとその周りのクルーの活動がカルチャー全体の層を厚くしたところがある。VTuberのアンダーグラウンドの中心にはBOOGEY VOXXがいた」と話し、VTuberシーンにおけるBOOGEY VOXXの果たした役割を高く評価した*1。シーンがでかくなればなるほどどんどんビジネス化してしまうのは世の常だが、そんな中で彼らの音楽はDIYの重要性と面白さを改めて我々に突きつける。
8. NEW ROMANCER / 理芽
カンザキイオリなどを擁するYouTube発のレーベルKAMITSUBAKI STUDIOよりデビューしたヴァーチャルシンガー理芽。元々はEd SheeranやSiaなどの洋楽ポップス、あるいは七尾旅人やきのこ帝国などの日本のインディーロックなどのカバー曲を上げていたが、次第にオリジナル楽曲もアップするようになり、2020年にはオリジナル楽曲「食虫植物」を発表。これがTikTokでバイラルヒットとなり、同楽曲のYouTubeの再生回数は3500万回以上というビッグヒットを記録した。
音数をぐっと絞り、サブベースがうなる「食虫植物」は、Billie Eilishへの日本からの回答ともいうべき2020年の日本の音楽シーンの最先端を象徴する楽曲であった。ただし、このBillie Eilish的なモードがUSポップの単なる真似事ではなくあくまでオリジナルなものとして機能しているのは、楽曲を手掛ける笹川真生の手腕によるものだろう。ドリームポップやシューゲーザーの要素を取り入れることで、本楽曲はあくまで個性的なものとして再構成されたのである。
ただ、1stアルバム「NEW ROMANCER」においてはBillie Eilish的サブベースは後退し、本作は同世代の女性シンガーYOASOBIやヨルシカなどとの同時代性をも感じさせる(YOASOBI&ヨルシカ同様、笹川真生もボカロP出身である)ロックサウンドを軸とした作品となった。透明感と艶やかさが同居するヴォーカルゆえに見過ごされがちかもしれないが、「ラヴソング」はブルージーなギターの音が、「ピロトーク」はUSインディーを思わせる爽快なリフが特徴的だ。
とは言ってももちろんロックだけではない。「NEUROMANCER」はサブベースとトラップ的なハイハット、そしてノイジーなギターが見事に絡み合った独特の楽曲であるが、時折挿入される理芽のウィスパーボイスがよりドリーミーな雰囲気を作り出しており、多面的な魅力を持った一曲となっている。
現在、本アルバムの英詞版の制作も進められているという。今後のワールドワイドな活躍に要注目だ。
9. CITY/TOWN / 隣町本舗
「寂しいけど、爽やかな曲」をコンセプトに音楽活動を行なっている隣町本舗による野心あふれる1stアルバム。浮かんでは消えるグリッジノイズと環境音によるアンビエントミュージックが聴く者を一瞬で別世界へと誘う超名盤。さらに、バイノーラル録音が音の立体感を見事に演出しており、独特の美しき世界観がより一層際立っている。
一曲目「街角」から、一気にその世界に引き込まれる。グリッジノイズの波が見事に環境音と混ざり合うことで、その環境音がより一層リアルな奥行きのあるものに仕上がっている。こんな体験はFenneszの"Endless Summer"ぶりだ。二曲目「僕は幽霊」、三曲目「TOKYO」といったナンバーは比較的聴きやすい構成となりグリッジノイズも後景し、代わりに優しいヴォーカルが前面にフィーチャーされている。ただし、環境音の使い方は相変わらず見事で、特に「僕は幽霊」の水の音はあまりにリアルすぎて一瞬外で実際に水があふれているのではとイヤホンを外してしまった。
ミニマルテクノ風のインタールード「monday morning blue」を挟んで、以降は移り変わる音風景が一つの物語を構築する。エレクトロノイズが見事に雨の音と溶け合い、まるで現実の夢のはざまにいるかのような「雨傘」。そして眠りから覚め、朝支度で顔を洗うかのような水の音がすがすがしい朝を演出する「目が覚めたら」。外に出て電車に乗り込むシーンを切り取った、ホームのアナウンス音が大胆にそのまま用いられてている「lines301」。そして一気にモードが変わってドープなテクノナンバーである「地下鉄の線」(地下鉄=テクノのイメージはなんとなくわからなくはない)。
そして再び優しい声が彩るceroのような「エンドレス」、「orange」でアルバムはフィナーレ。現実と非現実の境界線が揺らいでいる今に、グリッジノイズと環境音を織り交ぜることでその揺らぎを見事に描き切った。それをヴァーチャルシンガーという立場からやってのけるというのもまた示唆的である。
隣町本舗 New Album [ CITY / TOWN ]
— 隣町本舗 | 9/8 新曲 (@tonarimachi_oz) 2019年3月24日
クロスフェードMV
「よくあるまちの音に耳を傾けてさ」
【収録楽曲】
1. 街角
2. 僕は幽霊
3. TOKYO
4. monday morning blue
5. 雨傘
6. 目が覚めたら
7. Lines301
8. 地下鉄への導線
9. エンドレス
10. orange#M3春#2分20秒の音楽 pic.twitter.com/0zQKQcYRMN
10. Open Window vol.1 / 窓辺リカ
曰く、「ブレイクコアやガバが好きな10歳」*2らしい。そんな10歳がいてたまるかというツッコミはさておき、彼女のハードコアテクノの実力は本物だ。
オープニングトラック「見えざるピンクの」は、相対性理論ライクなナンバーで、やくしまるえつこを思わせるウィスパーボイスが可愛らしい。そして相対性理論同様、その歌詞はほとんど意味を成しておらず、ただただ語呂の良さだけを考えて作ったようなものばかり。(「水素、酸素、炭素二個、窒素」「アブラカタブラフラ ブランコみたいな/私の恋、ラヴラヴクラフト」といった具合である。)
2曲目「1437」はドラムンベースとブレイクビーツが前面にフィーチャーされた楽曲ではあるものの、そのささやくような可愛らしい声が、暴力的なビートと混ざり合うことで独特の世界観を作り出していることに貢献している。曲が進むにつれ次第にノイズが入って壊れていくという特徴的な展開をする3曲目「The silver key」についても、彼女の歌声があることによって楽曲の不気味さがより際立っている。その意味で、一見不必要に思われるVTuberシンガーという設定(あるいはVTuberとしてのヴォーカルそのもの)が果たしている役割は決して少なくない。
ただし、こう言えるのもあくまで3曲目まで。最後の2曲についてはVTuberシンガーでも何でもなく(なんて言ったってオフボーカルだ)、オウテカやAphex Twinに比類しうるビートの複雑っぷりを披露している。こうした楽曲をVTuberがやるべきかどうかの是非はともかく、こうした楽曲がVTuberを自認するアーティストからリリースされたことは、VTuberの音楽的可能性の広さを示唆しているように思う。
ということで、ここまで10枚紹介してきました。正直なところ、理芽はV"Tuber"なのかとか、VTuberの定義に関しては迷った点もあったのですが、本記事についてはできるだけ広範な音楽を取り上げたいという思いから、かなり広義にVTuberを捉え、その音楽を紹介してみました。「ヴァーチャル」なシーンからとにかく多彩な音楽が生まれていることを、その断片だけでも感じていただけたなら幸いです。
ではでは。