ゆーすPのインディーロック探訪

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What is "American Dream"?:ジェームス・マーフィーの描くアメリカの今ーDisc Review : LCD Soundsystem/ American Dream

What is "American Dream"?:ジェームス・マーフィーの描くアメリカの今
Disc Review : LCD Soundsystem/ American Dream (2017)

 

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 LCD Soundsystemは、言ってしまえばジェームズマーフィーのソロプロジェクトであるのだが、2011年にその活動休止を発表する際、彼は"解散"という言葉を使った。そして、この"解散"という言葉は、マディソンスクエアガーデンにおけるあの伝説のラストライブ、"The Long Goodbye"を伝説たらしめたのであった。彼は、LCD Soundsystemという物語と決別し、まさしく「有終の美」を飾ったのだ。

 そんな彼の再結成については随分と早い段階から囁かれていたので、この再結成自体にそこまでの驚きはない。しかしながら、あれだけ完璧なエンディングを飾った"物語"の再開に、どれほどの決心が必要であったかは想像に難くない。この再結成を決心させた大きな要因として、デヴィッド・ボウイの死が強く影響していることは様々なメディアで言われており、本人もそれを認めている。その意味では、本作品は亡くなったボウイをはじめとするスターへの追悼アルバムなのである。

 そんな「追悼アルバム」的な側面のある本作であるが、題名は"American Dream"。ジャケット写真には青空が描かれている。この開放的なイメージと追悼というメッセージはどうだろう、一見相反しているように思われるが、マーフィーがこの作品を"アメリカの夢"と名付けたのはいったいなぜなのか。今回はその点に注目して本作を考えてみたいと思う。

 

LCD Soundsystemの物語

 とその前に簡単にジェームズ・マーフィーの活動を振り返りたい。というのも、LCD Soundsystemでの活動に限らず、彼はアメリカのインディーシーンにおける代表的なインフルエンサーの一人であるからだ。私が以前Arcade Fireの記事で00年代のUSインディーシーンの潮流を書いた時にも触れたが(参照:“彼ら”のインディーは”僕ら”のインディーにーDisc Review : Arcade Fire / Funeral - ゆーすPのインディーロック探訪)、ジェームズ・マーフィーは、00年代USシーンにおける二つの中心的柱のうちの一つを担っていたのである。DFAレコーズというあの手書きの稲妻を模したロゴが印象的なレーベルを立ち上げた彼は、2002年、The Raptureの"House of Jealous Lovers"を手がけたことによって、その名が世界的に知られることになる。そしてこの楽曲で、DFAのアティチュードとして「ポストパンクとダンスミュージックの融合」がその根底にあることが明らかになるのだ。

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この"House of Jealous Lovers"とThe Strokesの"Is This It?"はやがてUSインディーシーンが2000年代後半に世界的潮流となる際の先駆的役割を果たした。

 この「ポストパンクとダンスミュージックの融合」は「ダンスパンク」と呼ばれる一つの大きな潮流を生み出し、世界へ広がっていった。そんな中で仕掛け人であったマーフィー自身が結成したバンドがLCD Soundsystemなのである。デビュー直後からこのLCD Soundsystemは幅広い人気と高い評価の両方を獲得し、遂には2007年リリースの"Sound of Silver"で00年代における最重要バンドの一つとしての地位を確立するのである。

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LCD Soundsystemと言ったらやはりこの曲だろう。まさに2000年代を代表する名曲である。私の葬式で流してほしい曲として、この"All My Friends"かThe Flaming Lipsの"Do You Realize?"のどっちかで真剣に悩んでいます。

 そして、2010年には3rdアルバム"This Is Happening"をリリース。このアルバムでマーフィーは2010年代の空気感を見事に映し出し、再び傑作を作り上げたのである。しかし、LCD Soundsystemはそんな人気絶頂の中で"解散"を発表。今作はそんな3rdアルバム以来7年ぶりとなる復活作となっている。

 

・マーフィーの描く"今"のアメリカ

 アメリカンドリームというと、アメリカは「自由」の国であり、国籍や人種、宗教に捉われず、誰にも成功のチャンスがある、すなわち「誰でも努力すれば夢は叶う」ということを意味する言葉として想起されるだろう。アメリカの建国時の起源にかかわるこの考え方は、現在までアメリカのイメージとして保持されている。しかしながら、現実のアメリカ社会がそんな状況ではないというのもまたイメージのつくことであろう。実際に統計的分析でその事実を明らかにした調査*1もあり、ユートピアとしてのアメリカ像は現在非常に脆いものとなっている。 

 本作で歌われているのは、一言で言ってしまえばそんな「アメリカンドリーム」の終焉である。ヒーローの死、友情の終わり、老いていく自分、、、彼が本作に纏わせたテーマはあまりにも悲哀なムードに溢れている。"tonite"で歌われるのは、人生の有限さをわかっていながらも("tonight"と多くのミュージシャンが歌っているけれども)、「そんなことを言っている間に年を取っているんだ」というなんとも諦念的な心情だ。

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多くのミュージシャンが"tonight"と歌う。思えばThe Smithのあの名曲の出だしは"Take me out tonight"だ。 

 "american dream"でマーフィーは、"the revolution was here"と歌い、さらには"that would set you free from those bourgeoisie"と歌う。もちろんアメリカでは共産主義革命は起こっていない。しかしながら、彼がこう歌っているのはなぜだろうか。

 私はこの最初の歌詞から、彼が言っている"revolution"とは、「共産主義革命」という大枠ではなく、「ブルジョワからの解放」に主眼を置いているものであると考えた。とすると、前述のように、建国後のアメリカは「自由」の国であり、収入間の弾力性が高い世界であったのであるから、"the revolution was here"だったのであると確かに言えよう。しかしながら、後半の歌詞に"you just suck at self-preservation"という一説がある。つまりここには、資本主義社会の代表として冷戦を経験し、新自由主義経済を通過したアメリカは、自己保身に走る人々を生み出し、「ブルジョワからの解放」がかなわない世界になってしまったのではないか、というマーフィーのアメリカへの懐疑が表れているのではないだろうか。

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 さらに"call the police"の最後の一説は"they gonna eat the rich"だ。この一説はまさに、現代アメリカの富裕層と貧困層の断絶がすさまじいものであることを物語っている。実際に現在アメリカにおいて中間層が減少し最富裕層と貧困層の不平等が広がっているという事態は深刻さを増しており、あの2011年のウォールストリート占拠運動においてスローガンとなった"We are the 99% that will no longer tolerate the greed and corruption of the 1%."ー俗にいう"The 99%"がまさに現実になっている。*2

 

・"アメリカンドリーム"は夢に過ぎないのか

 確かに、アメリカンドリームという言葉は何とも魅力的な言葉である。出自にとらわれず、自らの努力と才能で自らの夢をかなえることができる―。この言葉を信じ、多くの移民がアメリカへ渡ってきた歴史は事実である。

 しかしながら、現在アメリカはそんな「夢」とは程遠い状況にある。富める者がさらに豊かになっていく中で、貧困層との間に機会の不均等が生じている。その点では、まさにアメリカンドリームはその名の通り、夢でしかなかったのである。

 そうして多くの若者から高等教育を受ける機会がなくなれば、アメリカンドリームという言葉自体が、「自由の国」であるというアイデンティティがアメリカから消えてしまうかもしれない。そんな中で、マーフィーはアメリカのリアルを見事に映し出し、「踊ってばかりではいられない」というなんとも重たい現実をテーマに作品を作り上げた。そう考えて本作のジャケット写真を見ると、この青空がなんだか不気味に見えてきてしかたがない。