“彼ら”のインディーは”僕ら”のインディーに
ディスクレビュー:Arcade Fire / Funeral (2004)
ということで、最初に紹介する作品はこちら、"Arcade Fire"の1stアルバム、"Funeral"です。みなさんご存知の方も多いでしょう。このアルバムは2000年代後半の流れを決定づけたと言っても過言ではない、非常に重要な名盤です。
・「ロックは死んだ」のその後
1990年代後半のシーンは、世紀末的な世相を反映した内省的・ペシミスティックな音楽が溢れていました。PortisheadやMassive Attackを代表するトリップホップや、TravisやColdplayといった繊細なブリットポップを奏でるポスト・ブリットポップなどの登場に代表されますが、この傾向は2000年に発表されたRadioheadのKid Aとトムヨークの「ロックは死んだ」発言にして頂点に達し、世界的に衝撃を与えました。しかし、この「ロックは死んだ」発言に対してまるで、いやいや、ロックは死んでなんかねーよって感じで、まさにKid Aがリリースされた翌年、The StrokesがそのデビューアルバムIs This Is?で強烈にクールなデビューを飾り、ロックンロールリバイバルというムーブメントと引き起こします。―こうして2000年代は"始まった"のです。
2000年代前半のUSシーンには大きく2つの柱がありました。一つは上で述べたロックンロールリバイバル、そしてもう一つの流れがDFAレコードの創設者、ジェームス・マーフィーやTV on the Radioを中心とする、ポストパンク・ダンスパンクの潮流になります。余談になりますが、後にこのジェームス・マーフィーはArcade Fireの4thアルバム、Reflektorのプロデューサーを担当することになります。
Arcade Fire - Reflektor (Live At Earls Court)
ジェームス・マーフィープロデュースの4thアルバムより、ファーストシングル"Reflektor"。
・インディーロックの多様性
前置きが長くなってしまいましたが、Arcade Fireがデビューする以前までのシーンの状況をここまで概観してきました。こういった前述の音楽は、インディーロックというジャンル分けをされる場合もあります。このインディーとは、元々はメジャーレーベルとは契約しないバンドのことを指していたのですが、次第にメジャーレーベルと契約して成功するインディー的音楽を鳴らすバンドが増えたのに対応して、レーベルの所属がメジャーかインディーかという別は関係なく、「反商業的であり、大衆音楽とはかけ離れた独創的な音楽性を持つ」バンドをインディーロックと解釈することが一般化されます。このインディーロックは、グランジやブリットポップの流行を経て、世界的な成功を収めていくことになるのです。そして、このインディーロックのあり方を変えたのが"Funeral"であると思っています。
しかしこのインディーロックは一言でインディーロックとはいっても、その内実は多様です。上に挙げたグランジも、ロックンロールリバイバル勢も、「独創的」といえばやはりそうで、インディーロックにカテゴライズできます。その中で、Arcade Fireが道を拓いたのは、所謂USインディーと呼べばいいのでしょうか、2000年代後半にAnimal CollectiveやDirty Projectorsによって(驚くこと に!)世界を圧巻することになる一つの潮流だったのです(以下インディーロック/インディーミュージックと言ったらこのUSインディー的音楽を指すこととします)。このUSインディーというのが、恐らく皆さんが頭に思い浮かぶような、インディー系の音楽であると思います。
・Arcade Fire以前と以降
しかしArcade Fireがシーンに現れようとしていた時のポップ・ロックミュージックは、9.11以降の政治的状況を反映して、音楽の政治化・先鋭化の状況が顕著でした。Green DayやBeastie Boys 、Linkin Park等々、強いメッセージ性を帯びた楽曲が多くなり、音楽シーンはマッチョイズム的な傾向を帯びていきます。
そんな中、「反商業的であり、大衆音楽とはかけ離れた独創的な音楽性を持つ」インディーロックは、元々反商業的ですからね、シーンの後ろに隠れてしまっていったように感じました。そんな中で、Arcade Fireの中心的人物、ウィン・バトラーは故郷テキサスを捨ててカナダへと移り住み、アルバムの制作を行うのです。
こうして完成した"Funeral"はとにかくエモーショナルな展開で魂を揺さぶり、多くの人々の心を射抜いていくのです。それは、当時くすぶっていたたくさんの若者たち、さらに自らの音楽に自信を持てないベットルームミュージックを家に篭って作り続けてきたバンド達に対して"Wake Up!"と叫んでいるかのようでした。こうして、これまで陽の目を浴びることのなかった・浴びるつもりもなかったたくさんの内省的なベットルームミュージックがベットルームから立ち上がり、2000年代後半に世界を圧巻するムーブメントの足がかりとなっていくのです。こうして、誰もを巻き込むアンセミックな大名曲、"Wake Up"の力で、閉塞主義的な"彼ら"のインディーロックは大衆的な"僕らの"インディーロックとなったのです。
こうして、Arcade Fireに影響を受けたたくさんのインディーロックが台頭します。前述のAnimal Collective、Dirty Projectorsに加えて、DeerhunterやGrizzly Bear、Beach Houseなど、それまでの時代では一大ムーブメントを形成することなんて考えることもできなかった(閉塞主義的でしたからね)インディーミュージックは、Pitchforkという批評媒体をハイプに、見事に花開くのです。
ついには、2010年にArcade Fireが発表した3rdアルバム"The Suburbs"が第53回グラミー賞のAlbum of the Yearを獲得し、その盛り上がりは頂点にたどり着きます。このArcade Fireのグラミー賞受賞は、エミネムやレディーガガのノミネートを退けての受賞でしたから、もう事件と言っても過言ではない事態でした。しかしまあ、こうしてインディーミュージックがグラミー賞を獲得するなんて、Arcade Fireのデビュー前には想像すらできないことでしたから、どれだけ彼らの音楽がシーンを変えたかを如実に表しているように思います。
Arcade Fire - The Suburbs (Live At Earls Court)
グラミー賞のアルバムオブザイヤーを獲得した3rdアルバム"The Suburbs"からタイトルトラック曲"The Suburbs"。
・圧巻のライブパフォーマンス
ということでここまで、Arcade Fireの紹介というよりも、彼らを足がかりにして、2000年代以降のインディーロックの興隆を書いてきましたが、ではそんな彼らの音楽的特徴に簡単に迫っていきたいと思います。
彼らの音楽はどこまでもエモーショナルで、聴き手の魂を思いっきり揺さぶってきます。「エモ」という言葉を聞くと、所謂ポップパンク的な音楽を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、そういった音楽よりも、エモーショナルであると個人的には思います。そして、彼らの特筆すべき一番の特徴は、そのバンド編成にあります。彼らは演奏時のメンバー編成を、5人から16人と流動的にし、一曲ごとに楽器が入れ代わり立ち代わります。こうして、ダイナミックで変幻自在な音楽の構築を可能にしているのです。さらになんといってもその魅力はライブパフォーマンスにも。見てください。このWake Upの大合唱。こんなこと言っているのに私は2014年のフジを見逃し、Arcade Fireのライブは生で見たことがないのですが笑。ほんとにこの場に居合わせたら泣いてしまうだろうなあ。とにかくエモーショナル全開に突っ走るスペクタルなパフォーマンスは必見でしょう。
Arcade Fire - Wake Up | Reading Festival 2010 | Part 16 of 16
"Funeral"収録の大ヒットシングルでバンドの一番の代表曲、Wake Upのライブでの大合唱は必聴。
Arcade Fire - Rebellion (Lies) | Rock en Seine 2007 | Part 15 of 16 | 720p HD
同アルバムから"Rebellion(Lies)"のパフォーマンス。 NMEはこの曲を2011年度に発表した"150 Best Tracks of the Past 15 Years"の2位にランク付けています。
ということで、Arcade FireのFuneralのディスクレビューでした。興味を持ったら是非聴いてみてください。ああ、Arcade Fire来日してくれ。