ゆーすPのインディーロック探訪

とあるPのインディーロック紹介ブログ。インディーからオルタナ、エレクトロ、ヒップホップまで。

コールドプレイが描く世界の今——Disc Review: Coldplay / Everyday Life (後編)

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前編はこちら

indiemusic.hatenadiary.jp

 

後編になります。ディスクレビューというタイトルですが、むしろ歌詞解説?といった方が良い気もします。とりあえずアルバムの後半(9曲目~16曲目)です。

 

9.Guns

 この曲では、タイトルにあるようにアメリカの銃規制をめぐる問題が歌われている。ご存知の通りアメリカは銃社会として知られており、昨年Childish GambinoがThis is Americaでその問題を強く訴えたことも記憶に新しい。アメリカでは年間11000人以上が銃によって死亡していると言われており*1、先進国では最悪の数値となっている。この曲には「裁判所の判決は我々にはもっと銃が必要である、だ」という一節があり、気になって調べてみたのだが、管見の限りにおいてこうした文言がぴったり当てはまる判決は存在しなかった。代わりに個人の銃所持を認めた2008年の最高裁判決が見つかったのだが、こういった判決を指しての歌詞であると思われる*2。もともとアメリカにおいて、銃の所持をめぐっては修正憲法第2条において「人民の武器を所有・携帯する権利」が規定されていることがその根源的な法的根拠となっていた。しかし、この第2条に関して様々な解釈があり、「武器」とは何を指すのか、「人民」とは誰を指すのか、などをめぐって議論が分かれていた。2008年の判決は第2条が「個人」の「銃」の所有権を保証していると認めたため、連邦議会は銃所有を禁止する法案を作成することができなくなったのである*3

こうしたアメリカの司法や政治・社会の現状を念頭に、クリスは「何もかも狂っていく」と歌ったのであろう。さらに同曲は「似たもののみに助けを差し伸べ、他人は排除」という印象的な一節を含んでいるが、これはまさに排外主義的な思想が蔓延し、ネオリベラリズムの自己責任の考えが広がった現代を歌ったものであるといえる。

 

10.Orphans

 この曲はシリア紛争について歌った一曲である。21世紀最悪の人道危機と呼ばれるシリア紛争は、2011年に発生したアサド政権と反アサド勢力の争いに端を発し、その後の国際社会の介入により、争いが複雑化、拡大化していった。争いが大規模化するにつれ、多くの難民が生まれ、2019年1月現在560万人以上の難民がトルコ、レバノン、ヨルダン、イラク、エジプトにいるという*4

 ダマスカス(シリアの首都)のRosaleemという少女と父(Baba)についての物語という形で楽曲は展開する。ダマスカスは多くの爆撃を受け、子供を含む多くの市民が犠牲となっている。特に2018年には、アサド政権による東グータへの空爆、それに対する制裁として米英仏による化学兵器関連施設3カ所へのトマホークなどによるミサイル攻撃、イスラエル軍による100回以上の空爆などで、ダマスカスは大きな被害を受けていた*5。「いつ帰れるのか知りたいよ。友人たちと飲んだあの時に」という印象的な一節は、そんなダマスカスから逃れ難民となったシリアの人々の心境を歌ったものだ。

 シリア紛争の暗い展望に対し、コールドプレイはただ悲観的になるだけでなく、その微かな希望を歌っている。その曲調が多幸感あふれるものであることもさることながら、MVではカラフルな花が咲き誇るエフェクトがかけられており、歌詞には智天使熾天使が救いのメタファーとして用いられている。これらを見るに、シリア紛争というシリアスな問題をテーマにしつつ、前向きな希望を与えてくれるような楽曲となっているように思う。

 

11.Eko

 Ekoとは現在のナイジェリアの大都市「ラゴス」の旧名であり、この楽曲もナイジェリア、ひいてはアフリカの自然、現状を歌ったものとなっている。ラゴスはナイジェリア南西に位置し、ナイジェリアの旧首都で、アフリカではカイロに次ぐ大都市であると言われている。1200万人以上の人口を擁する*6この大都市は、多くの問題を抱えている。多くの人々が雇用を求めラゴスに集まったために、人口集中がひどく、治安、インフラの悪化が最悪な状態となっているという。スラム街が乱立していることも問題となっており、埋め立て地のスラムや世界最大の水上スラム「マココ」などが雑然と広がっているという*7

 そうしたラゴスの酷い現状を歌いつつ、クリスはアフリカの美しい自然を歌っている。

In Africa the rivers are perfectly deep

And beautifully wide

In Africa the mothers will sing you to sleep

And say, "It's alright, child it's alright"

という一節は、まさにアフリカのそうした一面を歌ったものであると言えよう。

 

12.Cry Cry Cry

 「泣いてるときには隣にいてあげる」と優しく歌う子守唄。楽曲内に“Luminous Things”という本がメンションされているが、この本はポーランド人詩人のチェスワク・ミウォシュによる詩集を指しているようである。ミウォシュは1980年にノーベル文学賞を獲得した詩人であり、フランスに政治的亡命をしていた。ナチスドイツ期にはワルシャワで地下出版をおこない、文化的な抵抗活動を行ったことでも知られている。

 

13.Old Friends

 クリスの旧友トニーについて歌った曲。彼が以前クリスの命を救ってくれたというエピソードが語られている。

 

14.بنی آدم

 بنیとはアラビア語で子供を意味する” ابن”の複数形であり、آدمはアダム=『創世記』に記された最初の人間である。آدم ابنで単に「人間」を意味することもあるが、ここではサアディーというイランの詩人の詩のタイトルを採ったものだと思われる。

 サアディーとは13世紀に活躍した詩人であり、彼の『薔薇園』はイラン文学最高傑作との呼び声も高い。サアディーのبنی آدمという詩は特に有名で、本楽曲のタイトルになっているほか、2009年にオバマ元大統領がノウルーズというイランの元日を祝うためのビデオメッセージで冒頭に引用したことでも知られている*8

 クリスも同楽曲でこの詩をそのまま引用している。詩の原文及び歌詞は以下の通りである。

بنی‌آدم اعضای یکدیگرند
人間は全体の一員である

که در آفرينش ز یک گوهرند

その創造以降、人間は一つの本質を持っている

چو عضوى به‌درد آورَد روزگار

その時の状況がある人間の一員に痛みをもたらしたとき
دگر عضوها را نمانَد قرار

他の人間の一員も不快に感じる

تو کز محنت دیگران بی‌غمی

他人の悲惨さに無関心なあなた
نشاید که نامت نهند آدمی

彼らはあなたを人間と呼ぶべきではないかもしれない

*9

 サアディーの詩に続き、アリス・コルトレーンのThe Sunからのサンプリング*10、そして20世紀に活躍したナイジェリアのゴスペル奏者ハーコート・ホワイティーの楽曲(Otuto Nke Chukwn Nojija Aha Ya)*11がサンプリングされている。こうした引用を通して、時、空間、言語を超えた様々なイメージを集結させている。

 

15.Champion of the World

 この曲は2018年の5月に亡くなったミュージシャンのスコット・ハッチソンに捧げた歌となっている。彼はFrightened Rabbitというインディーロックバンドのメンバーで、スコットランドで活躍するミュージシャンであった。同楽曲は彼がOwl John名義で発表した”Los Angeles, Be Kind”*12をサンプリングしている。

 

16.Everyday Life

アルバムのラストトラックは、これまでの同アルバム内の楽曲の総まとめとして位置づけられる。サビの一節は、

'Cause everyone hurts, everyone cries

Everyone tells each other all kinds of lies

Everyone falls, everybody dreams and doubts

Got to keep dancing when the lights go out

と皆が傷つきながらも共に生きているというメッセージが直截的に歌われている。人々の差異を認めながらも、共に同じ世界で生きているという意味で同じ人間であるというメッセージは、Arabesqueの歌詞「私があなただったかもしれない、あなたが私であったかもしれない」という一節を思い起こさせる。

 

 

前回記事の冒頭で書いたテーマ通り、本作は世界中で起こる様々な出来事——シリア紛争、アメリカの銃問題、イスラエルパレスチナでの宗教対立、非白人に対する差別、イスラモフォビア、ナイジェリアのスラム街など——にフォーカスを当てたものとなっています。もちろん本作を単に音楽的に楽しむのもいいですが、こうした社会的テーマを考えつつ聴けば、より深く彼らの音楽を楽しむことができるのではないかと思います。本記事がその一助となれれば幸いです。ではでは。