ゆーすPのインディーロック探訪

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さよなら、自分だけの世界ーSong Review : James Blake / Don't Miss It

さよなら、自分だけの世界

ソングレビュー : James Blake / Don't Miss It

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iPhoneのメモを模したジャケット写真とミュージックビデオが印象的なJames Blakeのニューシングル。1月にリリースされたシングル"If The Car Beside You Moves Ahead"以来約4ヶ月ぶりの新曲になる。

2ndアルバム"Overgrown"以降、彼の音楽は特にヴォーカルにフォーカスを当てたものが比重を占めるようになり、ついに3rdアルバム"The Colour in Anything"にて彼はシンガーソングライターとしてのソウル、R&B的な卓越した才能を開花させた。
対して本楽曲"Don't Miss It"は、断片的なヴォーカルやエレクトロビーツが特徴的であり、クラブミュージックにフォーカスを当てた一曲だ。初期の面影を偲ばせるこうしたクラブミュージック寄りの音像は、本楽曲がMount KimbieのDom Makerとのコラボレーション作であることに起因するのかもしれない。
一方で、着実に2nd、3rdと積み上げてきた彼の表現力の高さも遺憾なく発揮されており、彼のヴォーカルが美しく幽玄なピアノのサウンドと相まって独特の世界観を生み出している。

ここで歌われているのは、「世界から締め出され孤独でいることで、めんどくさい物事に巻き込まれずに済み、好きな時に寝て、深夜にだって外に出ることもできる」という世界から逃避する人物のあり方だ。しかし、曲の最後に、「そうすることでそれを見逃してしまうんだ、僕みたいに」という印象的な一節がある。
ここで「僕みたいに」と彼は告白する。この一節を聞いて私はJames Blakeのこんな言葉を思い出した。

ぼくが10代だった頃、ぼくは学校にいたくなかったし、ぼくはよく考えて、よく吟味して、諸々の煩わしさとできるだけ関わらないようにするには、ドアを閉めて部屋の中に引き籠ってればいいってわかったんだ。
でね、テクノロジーがそれを可能にしてくれるんだよ。マイクも手に入れた、ロジック・プロ(ソフト)もある、その後はお金を一生懸命溜めてラップトップを買った。その瞬間からぼくの人生そのものが変わったということなんだよ*1

まさに、"Don't Miss It"で歌われているのは、James Blake本人のことなのだろう。世界の煩わしさから背を向け、閉ざされた世界へと引き篭もる。彼はそうすることで自分を、自分の世界を、守っていたのかもしれない。

けどそれじゃあ「見逃してしまう」。果たして何を?そのヒントが彼がツイッターで公表した文章に秘められている。

何かを打ち明けて心の重荷を降ろしたり、助けてくれる音楽に共感することが恥だと、自分の感情を恐れている者たちから潜在的に思わされないでほしい。男らしさや虚勢は最終的に大きな勝利にはならない。僕が情熱を傾けている精神の健康と幸せへと続く道は誠実でできているんだ*2

何かを打ち明けること、助けてくれる音楽に共感することは、閉ざされた世界に引き篭もっていてはできないことだ。誰かに自分の悩みや考えを相談したり、自分を助けてくれるような音楽や映画、メッセージに耳を傾けること、これこそが精神の健康と幸せへと続く道なのだ。そう考えると、歌詞の「それ」とは、何かを打ち明けることで心の重荷を降ろすこと、助けてくれる音楽に共感することなど、自分の内向的世界を外へ開いていくことで、幸せへと近づきうるということを指すのではないだろうか。

かつて引き篭もりであった彼は、ラップトップと出会い、「音楽を作ることで自らの思いを打ち明けること」、そして「自分を助けてくれるたくさんの音楽との出会うこと」を通じて、ダブステップの貴公子と呼ばれるまでの大スターへの道を上り詰めた。そんな彼の歌う「僕みたいに見逃すなよ」というフレーズは、我々に対する忠告であると同時に、James Blake自身へのメッセージでもある。自分を表現することで、閉ざされた世界からドアを開けて一歩を踏み出す。自分を表現することに恐れてはいけない。彼はそのことを本楽曲で体現してみせた。それを辞めてしまったら、それを恐れてしまったら、自分の世界は閉ざされる。それは、「かつて自分がそうであったように」。

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まさに発想の完全勝利。iPhoneのメモ帳に楽曲に合わせて歌詞が打ちこまれていく。たまにタイプミスするところがまた人間的。