ゆーすPのインディーロック探訪

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怒りを祈りに転化したシカゴの光ーDisc Review : Chance the Rapper / Coloring Book

怒りを祈りに転化したシカゴの光
ディスクレビュー  : Chance the Rapper / Coloring Book (2016)

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 "Music is all we got"ー音楽こそが全てだ、と彼は歌った。そんな彼が、ヒップホップアクトながらグラミー賞で新人賞を獲得し、ロラパルーザを満杯にした。チャンスは、「音楽が全て」という当たり前のことを私たちにふと思い出させた。チャンスのそんな単純な祈りはいつの間にか、僕らの祈りとなっていたのだった。

 

 2013年の傑作ミックステープ"Acid Rap"のサウンドを、このチャンスの3作目となるアルバム"Coloring Book"は基本的には継承している。ゴスペル的要素のヒップホップへの取り入れ、"ボン・イヴェール以降"の オートチューン・ボイスチェンジャーの処理、そしてミニマルではない展開のあるトラック、こういった要素は程度の差はあれど、まさに真っ当に、ジャンプアップした部分である。ビジネス面でもそれは同じで、"Acid Rap"同様、この"Coloring Book"もストリーミング配信、及SoundCloud上での無料公開であり、CDなどのフィジカルリリースはもちろんインターネット上でも音源の「販売」は一切していない。

 しかしながら、この"Coloring Book"の無料展開を"Acid Rap"時のそれと同等に扱うのはいささか早計だ。もちろん、この音源の無料公開という手法自体は、あのNine Inch Nailsの2008年のアルバム"The Slip"が無料ダウンロードであったことや、2007年のRadioheadのアルバム"In Rainbows"が「価格をリスナーが決定するーIt's Up To You」という衝撃的なリリース形態であったことなどの前例があるように取り立てて特別なことではない。しかし、ベテランではない新人、しかも現在のシーンの中心にあるシンガーが継続的にこの手法を取っているということを考えれば、彼の展開がいかに影響力を持ち得るかが想像出来るはずだ。そしてチャンスの"ビジネス"はこれだけに留まらない。彼は数々のメジャーレーベルからのオファーを全て断り、これまで全くのインディペンデントで活動している。実際にこの"Coloring Book"からのリードトラック"No Problem"では、レーベルと契約しなくたって何の問題もないんだ("You don't want no problem, want no problem with me")というフックが繰り返される。そんな彼のビジネスにおける信念は音楽業界に蔓延るミュージシャンに対する搾取の形態や既存の音楽を巡るビジネスモデルへ向けた徹底的な批判へと集約されるのだ。Kendrick Lamarの大傑作"To Pimp A Butterfly"のオープニングトラック"Wesley's Theory"でもこのミュージシャンに対する搾取がテーマとなっていたが、チャンスはこうした批判を、インディペンデントミュージシャンという非常に説得力のある立場から浴びせ掛けるのだ。

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この"Coloring Book"からのリード曲"No Problem"は、まさにグラミー賞を、音楽シーンを変えた一曲となった。オートチューンとゴスペルによって彩られたこの楽曲の多幸感こそがまさにチャンスのサウンドである。

 

 そんな彼の音楽性は圧倒的ポジティビズムに彩られている。それはKanye Westを迎えたアルバムの一曲目"All We Got"でシカゴの子供達のコーラスをフューチャーし多幸感溢れるオープニングの演出にして明白である。本作はヒップホップシーンにありがちな攻撃的・反抗的メッセージを強調するわけでも、自らの成功を誇示するマッチョイズムに陥るわけでもなかった。チャンスはただ、彼のホームタウンであるシカゴの現状を変えようと、平和を、希望を歌ったのである。そんなシカゴは、シャイラクというシカゴとイラクをもじったスラングで呼ばれるほどに治安の悪化が叫ばれており、2011年、2012年のシカゴで殺害された年間死亡者数は、イラクアフガニスタンに派兵された米兵の同年の死亡者数を上回ったという。実際にそんな時代に呼応する形で出てきた音楽はチーフ・キースを代表とするような「ドリル」と呼ばれる暴力的なサウンドであり、シカゴのギャングスタラップであった。しかしチャンスは違った。彼はそんなシカゴの現状を変えるために希望を歌ったのだ。そして彼のこうした"思い"は単なる"思い"に留まらず、実際にシカゴを変えるために様々な活動を行なっている。シカゴの公立高校に一億円を寄付したことがミシェル・オバマ元大統領夫人に感謝されたという話は有名だが、他にも大統領選時に無料コンサートを開き若者の投票率向上に貢献したり、全米黒人地位向上協会(NAACP)と協力し自身のツアー参加者に有権者登録できるブースを提供するなど彼の社会貢献活動には目を見張るものがある。そんな言葉だけではなく実際に行動に移し様々な活動をするチャンスをシカゴ市長にしようとする動きも出ているようだ。

 

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チャンスにとってのアイドルであった同郷のKanye Westを客演に迎えた同楽曲は、逆にチャンスが客演として参加したKanye Westの楽曲、"Ultralight Beam"とともに2016年を象徴する一曲である。ゴスペルと子供たちのコーラスに彩られたこの曲はまさに"Coloring Book"のアティチュードを端的に示している。

 

 最後に、そんな彼が希望と平和を歌う際に拠り所としたゴスペルとの関係について考えたい。ゴスペルとヒップホップというと一見相容れないように思われるが、クリスチャン・ヒップホップというジャンルがあるのに見て取れるように以前から一般的に存在していたようだ。そして、教会の権威が低下し宗教が個人的なものへと変容していく中で、ヒップホップはそんな若者達の"祈り"の代替者となりつつある。攻撃的なスタイルのヒップホップとは異なり、チャンスのようにゴスペルに乗せて希望を歌うラッパーらは若者の心を捉え、救済の役割を果たし始めている。公民権運動以降保守化した教会は黒人らの教徒の拠り所として機能しなくなり、彼らの間には虚無主義が蔓延するようになった。チャンスの祈りはそんな中で多くの若者にとっての救済となったのではないだろうか。

 2014年に頻発した白人警官による黒人射殺事件を機に社会問題化した黒人差別問題に対してD'Angeloが、そして翌年にはKendrick Lamarが、強いメッセージ性を携えた傑作をリリースした。これらは社会に対して広く黒人問題を告発し、非常にシリアスなトーンでそんな世界の現状に怒りをぶつけた。しかしチャンスはそんな世界の現状を理解した上で、怒りではなく、平和への祈りを歌にした。そんな彼は、単なる祈りに留まらずそれを行動に移し、実際にシカゴの環境はチャンス以降確実に良くなっている。信じて行動することだけでちゃんと社会を変えることができるということをポジティブに、肯定的に示した本作は間違いなく、2016年の希望といえよう。そんな"Coloring Book"は若者にとっての新たな聖書になりつつある、なんて言うのは少し度が過ぎているだろうか。

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最後にそんなチャンスのグラミー賞でのパフォーマンス映像を。是非、音楽を、平和を愛するすべての人に見てもらいたい。これが、実際に社会を、世界を変えた音楽である。「音楽こそが俺らの全てなんだ」、と叫ぶ彼の姿は音楽の持つ力を我々にもう一度信じさせてくれる。(ちなみにこのグラミー賞でのパフォーマンス映像、当初はチャンスのツイッターの投稿で見れたのですが現在は再生できなくなっていて、YouTubeの映像もきちんとしたものは削除されてしまっているという状況です。そのため、三分割されていますが現在みられる映像ではこれがベストだと思われます。)