ゆーすPのインディーロック探訪

とあるPのインディーロック紹介ブログ。インディーからオルタナ、エレクトロ、ヒップホップまで。

21人の一匹狼が描く新たなスタンダードーDisc Review : 欅坂46 / 真っ白なものは汚したくなる

21人の一匹狼が描く新たなスタンダード
Disc Review : 欅坂46真っ白なものは汚したくなる (2017)

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 彼女達は、深刻な自己矛盾を抱えている。CDを出せばチャートで一位を獲得、幾多のTV出演を果たし、ライブをやれば満員御礼、そんな日本のアイドル界、ひいてはJポップ界を代表する"みんな"のアイドルである彼女達が、「誰もいない道を進むんだ」と歌い、大衆、さらには社会への反発を露骨なまでに表現する。秋元康という「大人」が書いた詞を歌う彼女達が、大人に対する反抗を表現する。32人のアイドルグループに所属する彼女達が、孤独を歌い、他人志向型社会に中指を突き立てる。ーこれらの矛盾を抱えながら、いかにして襷坂46はここまでの圧倒的人気を獲得したのか。この1stアルバムには、そんな問いに対する答えが秘められている。私は、正直に言うと、欅坂46について、メンバーの名前や顔も全くと言っていいほどわからないし、TVの冠番組も知らないので、そういった欅坂46のエンターテイメント的な側面に関しては無知である。そのためこの文章はあくまでも彼女たちの音楽的側面のみを取り出した拙いものであるということを最初に断っておきたい。

 

 この1stアルバムはオリジナルアルバムというよりも、ベストアルバムという性格が強い。実際に通常盤に収録されている全16曲のうち14曲が既にリリースされており、この通常盤においてアルバム初出の曲は1曲目の「Overtune」と16曲目「月曜日の朝、スカートを切られた」の二曲。そのうち「Overtune」が1分半のインストナンバーであることを鑑みると、純粋な新曲としては「月曜日の朝、スカートを切られた」の一曲のみである。こうしたアルバムにカップリング曲をも含めシングル曲を網羅的に収録する手法がアイドル、ポップ界隈でどの程度普通であるのか私は同界隈に疎いためわからないが、この手法は、シングル曲にある程度の一貫性・ストーリー性があり、さらにカップリング曲にも自信のある曲を配置していないと出来ない芸当である。そこで、彼女達のここまでのシングル曲4曲に、どれほどの一貫性、ストーリー性があるのかを見てみたい。

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こちらがそのアルバムからの新曲、「月曜日の朝、スカートを切られた」。本作を締めくくるのにぴったりなこの曲には、彼女たちのデビュー来のエッセンスが詰まっている。
 
 ・「誰もいない道を進むんだ」―サイレントマジョリティ
 彼女達のデビューシングルとなった"サイレントマジョリティー"は、欅坂46の方向性を端的に提示しデビュー曲にして代表曲となった。このサイレントマジョリティーという言葉は元々はアメリカのニクソン元大統領が用いた表現であり、このことから同曲の、「何処かの国の大統領が言っていた」という歌詞はアメリカのニクソン元大統領を指しているものだと考えられる。そんな表現を通して彼女達が伝えたかったことは、何よりもまず「大人や社会への反抗心」だ。声を上げない者の意見が権力、大人達によって曲解されてしまうという視点から、声を上げること、主張することの重要性を体現している。こうした主張が説得力をもって迫ってくる理由には、同楽曲のサウンドの特異性が挙げられよう。Real Soundのこの記事*1ではその具体的な特徴として、メロディの短い反復がない点、女性ボーカルにしては低すぎる主旋律、サビでの転調の三点が指摘されている。こうした特徴はポップミュージックのパトロンとしてのアイドルソングの常識を覆し、「笑わないアイドル」という常識破りのヴィジュアルイメージと相まって、アイドル/ポップミュージック界に大きな衝撃を与えたのだ。
 
・「夕立も予測できない未来も嫌いじゃない」―世界には愛しかない
 続いてリリースされた2ndシングル"世界には愛しかない"では、歌い出しからのポエトリーリーディングが印象的だ。今作で「愛」という単語を含むタイトルを冠し、白い衣装を纏い笑顔で歌う彼女達は一見するとアイドルらしさを取り戻したように見える。確かにある程度はその通りで、本楽曲ではアイドルらしい欅坂46の姿を見ることができる。だが、「誰に反対されても心の向きは変えられない」「自分の気持ちに正直になるって清々しい」というフレーズで明らかになるように、この曲も、"サイレントマジョリティー"的な反抗心を確かに受け継いでいる。一方で、「最後に大人に逆らったのはいつだろう」とあることから考えると、その反抗心が失われつつあることも示唆しているのかも知れないが。
 
・「見えないバリアを張った別世界、そんな僕を連れ出してくれたんだ」ー二人セゾン
 そんな反抗心の喪失がはっきりと形となったのが、3rdシングル"二人セゾン"だ。この曲で歌われているのは、「僕の前に現れて日常を輝かせる」であり、"君と出会って、僕の世界は変わったんだ"という言ってしまえば典型的な恋愛ソングだ。サウンド面でも"サイレントマジョリティー"と対照的で、女性ボーカルであることを生かした高音の主旋律、メロディの単純な反復といったように、あくまでもポップミュージック然とした曲となっていることが分かる。
 
・「僕はyesと言わない」ー不協和音
 では、4thシングルにして現時点の最新シングルである"不協和音"はどうだろうか。もうそのタイトルからして不穏である。サビ前の「僕は嫌だ」というセリフが印象的なように、まさしくこの曲で歌われているものは"サイレントマジョリティー"的な反抗心である。PVで彼女達は我々を睨みつける。冒頭の歌詞からして「僕はyesと言わない」だ。むしろサイレントマジョリティー的な反抗心よりも尖っている。そこにアイドルらしい笑顔は存在しない。そんな強力な反抗心は、激しいエレクトロサウンド小刻みなリズムによって高められ、そうした尖ったメッセージにしっかりとサウンドが説得力をもたせている。
 ここまで歌詞と「反抗心」を軸に彼女達のこれまでの楽曲を見て来たが、そこには明らかに一貫性が存在する。それは"サイレントマジョリティー"よって打ち立てられた彼女達のイメージをめぐるストーリーだ。そう考えると、大人や社会に中指を立てながら一方で時にはアイドルらしさを垣間見せるーそんな唯一無二のバランス感覚こそが欅坂46の人気の秘訣の一つなのかも知れない。
 
欅坂46が寄り添ったみんなの想い
 このアルバムを聴きながら、ふとリースマンの『孤独な群衆』を思い出した。交通手段の劇的な発達によって何処へでも行くことができ、インターネットの普及によって世界中の人々と繋がることが容易になったのにも関わらず、我々はこんなにも孤独である。群衆の中にいても、僕らは常に他人を意識し他人の評価ばかりを気にする。冒頭で私は彼女達は自己矛盾を抱えている、と書いた。つまり、流行りに便乗し、多数の意見を尊重し他人の目を気にする(=リースマンが言うところの"他人志向型"の)人間に対して中指を突き立てた曲が、そんな大衆に大受けしたということである。それはかつてカート・コバーンが"Smells Like Teen Spirit"で流行りの若者を皮肉ったつもりがその若者達に大受けしまったことにも通ずるものがあるような気もする。
 ニルヴァーナはここでは良いとして、ではこの矛盾は何を意味するのか。それは、たくさんの、他人の目を気にしながら生きている人たちが、実はそんな世の中に不満を抱いていることの現れなのではないだろうか。他人志向型の人たちが、実は心のどこかで、自分の気持ちに正直に生きたいと望んでいるのではないだろうか。確かに日本は、そんな他人志向の性格が色濃い社会であるが、そんな社会でこの"サイレントマジョリティー"が大ヒットする理由はそこにあるような気がする。そう考えると、私が上述した「矛盾」は矛盾ではなくなる。彼女達は決してアイドル界の異端児なんかじゃなく、至極真っ当に、この社会のそれこそ"サイレントマジョリティー"の思いに寄り添い、あくまでも"みんなの思い"を歌にしたのだ。そんな彼女達の曲が新たなポップミュージックのスタンダートなるのにもそんな時間はかからないはずだ。