ゆーすPのインディーロック探訪

とあるPのインディーロック紹介ブログ。インディーからオルタナ、エレクトロ、ヒップホップまで。

TikTokからはじめるインディーロック/オルタナティブ入門

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TikTokとインディーロックーーみるからに水と油じゃないか。私もずっとそう思っていました。TikTokは「陽キャ」の娯楽であり、インディーロックは「陰キャ」の娯楽であり、両者が交わることは決して無いと。

しかし、実はTikTokで使われる音楽は非常に幅広く、キャッチーで耳に残る曲であれば、あるいはダンス向きで振り付けしやすい曲であれば、そのジャンルを問いません。その意味でTikTokは、洋邦、古今、メジャーマイナーを問わずどんな曲でも「バズる」ことがある、とても刺激的で面白い文化的環境にあると個人的には思います。例えば、1970年代に活躍したドイツのディスコバンドBoney M.のRasputinがダンスチャレンジをきっかけに火が付き230万本以上投稿されたり、我らが花澤香菜恋愛サーキュレーションの英詞版カバーが海外から逆輸入する形で再流行したり、あるいはシティポップリバイバルの流れの中で1979年リリースの松原みきのデビュー曲「真夜中のドア」がTikTokをきっかけにSpotifyグローバルバイラルチャートの一位を獲得したりなど、数例を挙げただけでもその射程の広さはわかっていただけると思います。

www.youtube.com(こちらはNiziUによる恋愛サーキュレーション英語版のダンスチャレンジ。こうしたTikTokのアニソン受容については、他にも「かぐや様は告らせたい」の「チカっとチカ千花」や「のんのんびより」の「にゃんぱす」さらには「あんハピ」の「ミチノチモシーキミノキモチ」が流行るという謎っぷりで、正直なぜそれが…?感満載の流行り方をしています。)

実際に、以下に挙げるようにインディー/オルタナティブミュージックの楽曲もまたTikTokで使われており、曲によっては海外のみならず、日本の若者にもバズっている状況がうかがえます。そこで今回は、TikTokで流行っているインディーロック(あるいはオルタナティブミュージック)*1の楽曲に焦点を当てて、10曲ほど紹介したいと思います。TikTokユーザーでインディーロックをあまり知らない人はこれをきっかけにインディーロックに興味を持ってもらえれば、逆にインディーロック好きはこれをきっかけにTikTokも面白いんだなということを知ってもらえればと思います。ではでは。

 

1.Alt-J / Breezeblocks (2012)

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卓越したリズムセンスが光るイングランドの3人組*2、Alt-Jのデビューアルバムからの一曲です。Alt-Jの魅力は何といってもフォークやダブステップなどの多様な音楽的要素を独特なリズム・テンポで再構築したところにあるでしょう。Breezeblocks収録のデビューアルバムAn Awesome Waveは英国で最も権威のある音楽賞マーキュリープライズを受賞しています。同アルバムにはほかにもSomething GoodやTessellateなど、静謐なピアノと美しいヴォーカルが見事にマッチする佳曲が多数収録されています。

にしても正直Alt-JがTikTokから流れてきたときには耳を疑いました。まさかこんなところでAlt-Jを聴けるなんて…と。そしてさらに驚きだったのが…

 

2.Glass Animals / Take a Slice (2016)

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…なんとTikTokで使われているRemix版は、Glass AnimalsのTake a Sliceとリミックスしているのです…!Glass Animalsは元医大生という異色の経歴を持ったオックスフォードのエレクトロバンドで、重厚なダブステップのリズムを下敷きに、それをR&Bサイケデリック的に再解釈したサウンドが特徴的です。そして、昨年リリースされた3rdアルバムDreamlandが初の全米トップ10入りを果たすなど、今ノリに乗っているバンドの一つ。ちなみに以前、Glass Animalsが出演するフェスでパイナップルの持ち込みが禁止されるというユニークな話題にもなりました*3

さて、では実際にTikTokではどのような使われ方をしているのでしょうか。TikTok で使用されている音源は繰り返しになりますがAlt-JのBreezeblocksとGlass AnimalsのTake a Sliceのリミックス版です。どうやらCole RussoというTikTokerが2020年の5月ごろにこのリミックスバージョンを使い始めたことをきっかけにバズったとのこと。Breezeblocksの2:20以降の「Please don't go~I love you so~」の箇所から、四つ打ちのブレイクから始まるTake a Sliceのアウトロのリフへとつながります。

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TikTokを確認すると、Cole Rossoのリミックスが使われている動画は300万本以上に上り、その世界的な人気の高さは明らかです。

そしてこの楽曲について特徴的なのは、日本でも独自のフォーマット・スタイルをもって流行したということ。それがいわゆる「馴れ初め動画」「有名人が有名になるきっかけの動画」です。これらは基本的にパターン化されていて、Breezeblocksで「カップルが付き合うまでの経緯」「有名人が有名になるきっかけ」が描かれ、Take a Sliceで「付き合ってからの日々」「有名になってからの有名人の大活躍」が描かれます。

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(※こちらの8:34~で取り上げられています。)

 

3.Tones And I / Dance Monkey

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続いてこちらはオーストラリア出身のSSWTones And Iの2ndシングル。この曲で彼女は一瞬にして世界のシーンを圧巻、母国オーストラリアのシングルチャートでは17週連続一位、そしてイギリスのシングルチャートで11週連続一位を獲得(Whitney HoustonのI Will Always Love You、RihannaのUmbrellaの10週連続一位の記録を破り女性アーティスト曲として全英シングルチャート史上最首位記録に。)するなどの世界的大ヒットとなりました。独特な唸り声のようなヴォーカルが特徴的な彼女の勢いはとどまるところを知らず、本楽曲のヒットに続いてFly Awayなどの楽曲も人気を集めています。

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TikTokでも大きな注目を集めたこの楽曲。TikTokを見るに、日本でも多くの若者からの高い認知度を誇っている様子がうかがえます。動画の多くはこのようなダンスチャレンジで、シャッフルダンスのようなスタイルで踊っています。

 

4.Alice Merton / No Roots

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ドイツ系の母とアイルランド系の間に生まれたAlice Merton。彼女は幼少期にアメリカ、そしてカナダへと移り住み、各地を転々とした生活を送っていたようです。そんな彼女のデビュー曲No Rootsは、ルーツがない自分の境遇を赤裸々に歌った一曲となっています。パワフルな彼女の歌声がブルージーで独特なサビのリフ・メロディに重なる一曲で、オルタナティブロックの楽曲としても非常に刺激的で面白い楽曲です。

そんな2016年のヒットソングがTikTokで、それも日本でも突如として流行しだしたのはここ数か月の出来事(管見の限り。)。海外で「Meet the Friend Group」というスタイルで流行したものがそのまま日本に入ってきたようです。このスタイルの構成は、その名の通り、友人たちを面白おかしく紹介するもの。

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5.MGMT / Liitle Dark Age

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00年代以降を代表するインディーロックバンドの一つ、MGMTの4thアルバムからの一曲。彼らの魅力はサイケデリックで幻想的でありながら、キャッチーなエレクトロポップであるというその両義性でしょう。2008年リリースのデビューアルバムからのシングルKidsは大ヒットし、今でもライブでは大合唱間違いなしのアンセムとなっています。このLittle Dark Ageはダウナーなトラックにエレクトロファンクのアプローチで臨んだ野心的な楽曲となっており、MGMTの実験精神が遺憾なく発揮されたトラックとなっています。

そんなともすれば万人受けしなさそうな楽曲がTikTokで流行ったのは、下のような"Time Warp Scan"というスタイルによってでした。また、実際に使われている楽曲はMGMTの原曲ママではなく、テンポを落としたRemix版となっています。

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(※こちらの1:55~でも取り上げられています。)

 

6.Amine / Caroline

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ポートランド出身のラッパーAmineが2017年にリリースした1stアルバムからの一曲。OutKastのRosesからインスピレーションを受けたというこのCarolineは、マイケルジャクソンのBillie Jeanに出てくる女性をイメージして作られたといいます。2020年にリリースされた3枚目のLimboは、SlowthaiやVince Staples、Summer Walker、JIDといったシーンの最先端をいく客演を迎え、シカゴシーンにも通じるメロウでチルいビートに彼のタイトなラップが乗るハイセンスな一枚になっています。

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TikTokではこのようなダンスでバズっている様子。原曲の独特のリズムを最大限に生かした振り付けが魅力的です。また、振り自体が簡単で真似しやすいのも人気を博した要因の一つでしょう。

 

7.Two Door Cinema Club / Undercover Martyn

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北アイルランドで結成されたインディーエレクトロバンドTwo Door Cinema Clubの大ヒットを記録したデビューアルバムからの一曲。I Can TalkやSomething Good Can Walkなど一度聴いたら耳から離れないポップな楽曲が目白押しの本デビューアルバムで、彼らはここ日本でも大人気となりました。

さて、そんなTwo Door Cinema Clubの2010年の楽曲が突如として流行りだしたのは以下のようなネットミームがきっかけでした。

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まあ正直くだらない(しょうもない)ミームで、イントロの「パパン」の音に合わせて胸なり尻なりを叩くというやつです(笑)。日本でも海外同様二年ほど前に流行。他にも冷えピタを二枚張って「パパン」とやるパターンも。

 

8. Anderson .Paak / Heart Don't Stand a Chance

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ソウル、R&B、ジャズなどの多様なシーンをシームレスに結びつける西海岸のスーパースターAnderson .Paakが2016年にリリースした2ndアルバム収録の一曲。彼はマルチ奏者としても知られており、2018年のフジロックではダイナミックでなドラム演奏を披露してくれました。2018年に発表された'Till It's Overは、AppleのCMソングとして世界中で話題に(CMの映像は、Spike Jonesが手掛けFKA Twigsが出演という完璧なタッグ。)

TikTokでは、同曲の0:35~のアーバンな雰囲気がおしゃれなフレーズ(your heart don't stand a chance~)がフューチャーされています。楽曲のクールな雰囲気に合わせ、足を三角形に動かした後に颯爽と歩いて立ち去る、のがおきまりとなっています。ちなみに同曲の冒頭ではヨッシー(マリオの)の鳴き声がサンプリングとして用いられています。

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9. BENEE / Supalonely feat. Gus Dapperton

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ニュージーランドオークランド出身、21歳の新生ソングライターBENEEによる、la la la la〜lonely〜とキャッチーなフレーズが耳に残るインディーポップソング。TikTokで話題となると、1000万以上の動画がTikTokに投稿され、YouTubeの再生回数は2億回超という大人気っぷり。カラフルでキッチュなスタイルからポスト・ビリーアイリッシュとの呼び声も高く、今最も注目されている新世代シンガーの一人です。

また、本楽曲に参加しているGus Dappertionは昨年リリースしたフルアルバムOrcaでスパイク・ステントがミックスを手掛けるなど、今脚光を浴びているインディーポップミュージシャンの一人。ノスタルジックさと独特なポップセンスを兼ね備えた彼の音楽は様々なカルチャーメディアから高い評価を得ています。

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10. 相対性理論 / チャイナアドバイス

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そして最後は邦楽から。相対性理論が2010年にリリースした3rdアルバム「シンクロニシティーン」からの一曲です。相対性理論の音楽は、なんとも独特なメロディーセンス(と歌詞のセンス)が癖になる楽曲が多く、それに特徴的なやくしまるえつこのヴォーカルが乗ることで、シーンで唯一無二の存在感を放っています。初期の楽曲「LOVEずっきゅん」や「ミス・パラレルワールド」等は一曲聞けば耳から離れないメロディーが特徴的なローファイでインディー然とした楽曲であった一方、近年の作品はジェフミルズとのコラボやフアナモリーナとの共演など、現代音楽、コンセプチュアル・アートに接近している傾向にあります。この「チャイナアドバイス」は初期の楽曲に属し、「そんなやつやめチャイナ~」と言葉遊びが可愛らしい一曲となっています。

なお、TikTokで使われている音源は、相対性理論のオリジナルではなく、ロイというシンガーソングライターによるカバーバージョンとなっています。また、TikTokでは曲の「チャイナ」にかけてチャイナドレスで踊ったものが多くなっています。

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さて、以上10曲簡単に紹介してきました。この記事をきっかけにインディーロック、オルタナティブ等に、あるいはTikTokに、興味を持っていただけたら幸いです。ではでは。

 

*1:お察しの通り、インディー「ロック」ではない音楽を含むため、こうした括弧書きを加えています。

*2:2012年当時は4人組でした。

*3:英国のフェスティバル、パイナップルの持ち込み禁止 | BARKS