ゆーすPのインディーロック探訪

とあるPのインディーロック紹介ブログ。インディーからオルタナ、エレクトロ、ヒップホップまで。

「分断した社会」を乗り越えるためにーDisc Review : Broken Social Scene / Hug of Thunder

「分断した社会」を乗り越えるために
Disc Review : Broken Social Scene / Hug of Thunder (2017)

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 このカナダのスーパーグループバンドがバンド名に"Broken Social Scene"という名前を付けたのは、まさに運命だったのかもしれない。二回の世界大戦とその後の冷戦を経験した私達は、グローバリゼーションという夢を描いた。しかし、その"夢"が単なる夢であることが露呈するまでにあまり時間はかからなかった。ハンチントンによる文明の衝突というテーゼが9.11を予測したとされ影響力を持ち、アイデンティティーによって世界は分断されるという説明が主流化した。最もそれは、単に世界で起きている対立を説明するのに楽だったからと言うだけで、なぜ文明間による衝突が起きるのかを説明していないのだが。

 

 もちろん現在までこの文明の衝突論は学問的にはもちろん、様々な形で批判、反論がなされてきたが、ジャーナリズムによって一人歩きしたこの文明の衝突論が不意に出現することも多々ある。それは、2017年現在世界で顕在化しているナショナリスティックな自国民中心主義(アメリカのトランプ政権やフランス・国民戦線、オランダ・自由党、イギリスのEU離脱等々例を挙げればきりがない。)から分かるように、再び排外的な主張が台頭していることの現れでもある。Broken Social Sceneー分裂した社会状況ーというバンド名はまさに、こうした世界的情勢を言い当てたものであり、そんなバンド名を冠した彼らが、7年ぶりに、この社会の分断化が顕在化している2017年に新譜をリリースするということはまさに運命的な出来事である。


Broken Social Scene - Fire Eye'd Boy

2005年リリースのセルフタイトル作から"Fire Eye'd Boy"。疾走感あふれるメロディーは新たなアートロック像を打ち立てた。

 そんな彼らの7年ぶりとなる新譜だが、彼らの良さー大所帯としてのバンドの良さを活かしたダイナミックで壮大な音像が特徴的だ。それは、このメンバーがそれぞれ別のバンドで活躍した空白の7年間を経た後でも劇的に変わることなく、BSSの根底に流れるスピリットは一貫している。こちらのMikikiのページ*1には、1999年にGodspeed You! Black Emperorがあのヘブライ語のジャケット写真が印象的な作品"Slow Riot for New Zero Kanada"で提示した「新たなるゼロ年代のカナダへの緩やかな抵抗」に端緒をなし、2000年代以降のカナダの大所帯バンドによる世界への進出がArcade FireやThe New Pornographers、そしてこのBroken Social Scene等によって始まったと書かれている。そして、その後2010年に大所帯バンドがそのピークを迎えて以降カナダの音楽シーンは「個の時代」に入ったというのだ。この流れはUSインディーのそれとも非常に親和的だ。2009〜10年にある種のピークを迎えたインディーシーンは、その後その勢いを失った。その点で、2013年に"Reflektor"をリリースしインディーシーンの停滞に一石を投じたArcade Fireとは異なり、BBSとしてはそのインディーシーンの停滞に無縁でいることができた。(※さらに、このUSインディーの停滞にカナダの音楽シーンは比較的無縁だったと言えるかもしれない。「個の時代」におけるカナダのシーンもまた、Mac Demarco、Grimes等々非常に魅力的であった。)だからBSSはこの復帰作において、これほどまでに自信に満ちた、変わらない音楽を作り上げることができたのかもしれない。


The New Pornographers - The Electric Version

The New Pornographersには、みんなで歌えるポップネスと豊かでエモーショナルなサウンドが溢れている。2003年リリースの2ndアルバムからオープニングトラック"The Electric Version"。

 

 そしてなぜカナダが、大所帯バンドの聖地となり得たかを考える際に、カナダ社会の状況を理解することが必須である。カナダは多文化主義政策を採用した世界最初の国であり、1971年に実際に多文化主義が正式に政策として採用されている。この「文化のモザイク」モデルは大いに注目を集めることになり、多様化する社会にいかに対処するかの一つのモデルを提示した。とすると、そんな多文化が共生している土壌が大所帯の連帯的バンドが発達した一つの要因であるといっても良い気がする。しかしながら、そんなカナダの音楽シーンにも「個」の時代が来た。このカナダの多文化主義には欠点があったのだ。それは、この共生のあり方がいわば自治的であり、確かに様々な集団の権利を認めるが、「よそはよそ、うちはうち」といった形によって、国の一体感が損なわれ、かえって分断化が進んでしまうという指摘である。私達は、何かと文化的、民族的、宗教的な「同化」を勧善懲悪的に悪だと決めつけたがる。しかしながら、「同化しない」ことにもまた別の欠点が存在するのだ。こうした新たな分断化の問題が、前述の世界的な排外主義の台頭とリンクした2017年、Arcade FireとBSSとさらにはThe New Pornographers、Godspeed You! Black Emperorまでもが新譜をリリースするのは単なる偶然ではないはずだ。それは分断を乗り越えるための新たな方法の模索であり、グローバル化の挫折を経験した我々に説得力を持って迫ってくる音楽なのである。ー再び大所帯バンドによる新たなカナダ音楽シーンが幕を開けようとしている。


Broken Social Scene - "Halfway Home" (Official Audio)

"Hug of Thunder"よりリード曲"Halfway Home"。華々しいカムバックを予感させる一曲。