ゆーすPのインディーロック探訪

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「2017年」に鳴らされるべきモダンポップ ーDisc Review : Beck / Colors (2017)

「2017年」に鳴らされるべきモダンポップ
Disc Review : Beck / Colors (2017)

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Beckって一言で言ってどんなアーティスト?

 この問いに答えるのはいささか簡単ではない。ヒットのきっかけとなったシングル"Loser"で「僕は負け犬だ」というオルタナ然とした自虐精神を表出させていたかと思えば、続く1996年発表の4thアルバム"Odelay"ではヒップホップにブルース、R&B等多種多様なジャンルを混成しオルタナティブロックに思いっきり噛み付く。2002年の"Sea Change"や2014年の"Morning Phase"で優しいアコースティックな音像を響かせる一方で、2005年の"Guero"や2008年の"Modern Guilt"ではポップなメロディーセンスを光らせる。こうした多種多様な側面こそがベックの特徴であり、そう考えると、乱暴に言ってしまえば、冒頭の質問に対する答えは「一言では表わせない」が正解と言ってしまってもいいかもしれない。

 おおざっぱに上で分けたような分類に本作"Colors"を当てはめるのならば、"Guero"等のポップ路線上に置くことはできるだろう。しかし、この分類はあまり正確ではない。というのも、本作"Colors"で鳴っているポップネスは、まさしく2017年にしかありえない、時代の必然性を包摂したポップネスなのである。

 

 1曲目から3曲目のアルバムの冒頭部分にしてその"モダンポップ"的アティテュードは早くも明確に示される。オープニングトラックにしてタイトルトラックの"Colors"のサビのメロディセンスにしろ、続く2曲目"Seventh Heaven"のアップビートにしろ、とにかく「時代の音」が明確にそして恐らく意図的に鳴らされている。

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 4曲目の"Dear Life"や6曲目の"Dreams"といった先行シングルからの楽曲陣が並ぶ中盤になると、そんなモダンポップ的な音像が確かにベックのものであるということが印象付けられる。冒頭三曲がどこかベックらしさを感じない雰囲気を身に纏っていたのに比べて、これらの楽曲にはきちんと「ベック」の文脈上の感覚が携わっている。"Dreams"で顕著なアコースティック・ギターのカッティングによる鋭い音像は、本作全体に通ずる一つの特徴と言ってもいいかもしれない。

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 7曲目"Wow"は本作の中では少し意趣が異なる一曲だ。同曲で彼はトラップを取り入れ、ヒップホップのエッセンスを凝縮させた楽曲を完成させた。こうした挑戦的な一面をも垣間見せることで、本作を「唯の」ポップアルバムに留まらせる気はないというベックの意図を感じることができる。そしてそんな挑戦的な"Wow"に続くのが、最新シングルであり、本作中でもとびきりポップな"Up All Night"である。"Dreams"同様ソリッドなアコースティック・ギターのカッティングが特徴的なイントロから始まる爽やかなポップチューンだ。

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 アルバムのラストトラック10曲目の"Fix Me"は同アルバム内では唯一のスローナンバーだ。しかしながら、根底にあるのはやはり2014年の"Morning Phase"的なアコースティックサウンドではなく、モダンポップ的な音像である。

 

 ここまでざっとアルバム収録曲を見てきたが、このベックのポップ化を志向させた要因は何だろうか。これに関しては、ベックの個人的理由と音楽界全般の潮流に関わる理由と、二つの点が挙げられそうだ。前者のほうは、あくまでも推測でしかないのだが、ベックがポールマッカートニーと共にグラミー賞のアフターパーティーに足を運んだ際の出来事に関連するという。ベックがポールとフ―ファイのドラマーであるテイラー・ホーキンスとアフターパーティーが開催されていたクラブを訪れた際に、なんとその入場を拒否されたのだとか。その際にポールがベックに対し、「俺達にはもっとヒット曲が必要なようだ。君(ベック)がヒット曲を書くんだ」と発言したようで。このポールの何気ない一言がきっかけとなって、ポップソングを書こうと決心したという。

 …まあ、そんな噂にしか過ぎない話はいいとして()、後者の2017年の音楽的潮流に関わる点は非常に重要だ。私も何度か本ブログで言及しているように、2010年代に入って以降、インディーやロックの影響力は減少し、それに代わってポップ、ヒップホップがシーンの中心となった。このように歴史的にシーンを捉えると、非常に内省的であったベックの前作"Morning Phase"が2015年にグラミー賞を獲得したことが、インディーという方法論が完全に力を失う前の最後の灯であったと捉えることもできる。

 そしてそんな「ポップの時代」である2017年、様々なロックバンドがポップとのハイブリットを試み、非常に示唆に富んだ作品をリリースしている。少し例を挙げるとすれば、Mark Ronsonと組んだQueens of the Stone Age、Thomas Bangalterを迎えたArcade Fire、Jack Antonoffをプロデューサーに迎えたSt. Vincent等が挙げられるだろう。そんな流れの中でこれまでも多様な音楽性を見せてきたベックが「ポップ」の潮流に乗るのは、少しも不自然なことではないだろう。

 

 2011年にFoster The Peopleが"Pumped Up Kids"という最高にポップなアンセムを引っ提げて、ポップとロック、メジャーとインディーの垣根を壊すことに成功してから6年。このFoster The Peopleの功績にもかかわらず、現在アメリカの音楽シーンの垣根は深化してしまっている状況にある。「レッチリを聴く者はKurt Vileを知らないし、Kurt Vileを聴く者はレッチリを知らない」なんて言われるアメリカの分化したシーンの現状を打開することは、確かになかなか難しいのかもしれない。そんな機能分化が進むこの現代社会で、"Colors"は分化を否定することなく、多様性を受け入れ、万華鏡のようなポップアルバムを生み出した。そんなポップに突き抜けた本作がシーンにいかなる影響を与えるのか。これからの動向が楽しみである。

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 ・・・ちなみにちょうど来週、ベック来日公演が開催されます。確か武道館の方はまだ残りがあったはず…ポップ全開モードのベックを、出来立てほやほやの本作を生で体感できるチャンスです。ぜひぜひ。ちなみに私はスタジオコーストのほうに行く予定です。楽しみだぁ。ではでは。