ゆーすPのインディーロック探訪

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複数の理想と一つの現実ーDisc Review : Radiohead / In Rainbows

複数の理想と一つの現実
Disc Review : Radiohead / In Rainbows (2007)

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 "IT'S UP TO YOU"(すべてはあなた次第)ー2007年10月10日、レディオヘッドの公式ホームページ上に掲載された一文は瞬く間に話題を集め、多くのメディアによって取り上げられた。こうして発表されたレディオヘッドの七作目となるアルバム"In Rainbows"は、その販売形態の革新性に注目が集まりがちだが、その音楽性もまた、販売形態の革新性とリンクするメッセージ性を秘めている。"In Rainbows"のリリースから10年が経った今、改めてこのメッセージを考えてみたい。(本当は10月10日に投稿して『祝"In Raibows"10周年!!』みたいにする予定だったんですが…一か月以上の遅刻です……笑)

・「すべてはあなた次第」

 この"In Rainbows"を語るうえで、何よりもまず言及しなければならないのは、そのリリース形態の革新性であろう。レディオヘッドは、本作において、「価格をリスナーが決定する」という前代未聞の販売方法をとった。つまり、作品をダウンロードで購入する際に「0~∞」ユーロ・ドル・円etcから自由にその金額を購入者が決定できるというのだ。この方法は様々な批判も受けたが、それ以上の称賛を浴びた。実際にこのリリース方法に影響を受けたトレントレズナーは彼が制作にたずさわったソウルウィリアムズの新譜を「0ドルか5ドルか」どちらかを購入者が選択できるという方法で販売した。最近ではゾゾタウンが送料を「0円から3000円まで」購入者が自由に決定できるという取り組みを試験的に導入したことも記憶に新しい。

 さらに本作の大きな特徴として、CDの梱包法の革新性といったらいいのだろうか、本作においてレディオヘッドは「CDを自ら組み立てる」ことを我々リスナー、CD購入者にゆだねている。CDや歌詞カードは紙ジャケのようなパッケージに梱包され、そこにはプラスチックのCDケースに貼る用のシールが含まれている。我々リスナーはそのシールを自分で貼るなどしてCDケースを自ら作り上げるのだ。

 これらに共通するメッセージは、言うまでもなく我々リスナーの主体性に訴えかけるものであり、「IT'S UP TO YOU」の一言に集約される。つまり、未来は「我々次第」だというのである。では彼らがこのメッセージを掲げるに至った契機は一体なんだろうか。レディオヘッドが「すべてはあなた次第」というメッセージを掲げるに至るまでの経緯を少しばかり考えてみたい。

 

・"In Rainbows"に至るまで(Kid A~Hail to the Thief)

 "Kid A"における彼らの中心的なテーマは、「世界に生きている我々は皆世界の破壊に加担している」というあまりにもペシミスティックな世界観である。そしてこの悲観的予測をエネルギーに変え、正々堂々と世界と対峙し対決しようとしたのが2003年の"Hail To the Thief"だ。そのタイトルがアメリカ大統領選の反ブッシュ派によってシュプレヒコールとして叫ばれた一説であることからも明らかなように、ここで彼らはかなり具体的にその対象を明らかにしている。彼らはこの"Hail to the Thief"でグローバリズム新自由主義に対してはっきりと警笛を鳴らしたのである。しかしながらブッシュは大統領選に当選した。イラク戦争を避けることはできなかった。世界はレディオヘッドの警笛によって微塵とも動かなかった。

 レディオヘッドでは、たかが一バンドでは、「やはり」世界を変えることが出来なかった。"Hail to the Thief"で彼らはそんな当たり前のことを身をもって体感した。だからといって、そんな世界から、"Amnesiac"でそうしたように目を背け逃げることもできない。思い出してほしい。"Kid A"の中心的テーマは「世界に生きている我々は皆世界の破壊に加担している」という全ての人間が抱える罪である。そしてこの「全ての人間」にはもちろん、彼ら自身も含まれる。もはや彼らは世界から逃げることもできないのである。

 そんな彼らが見出したのが、「IT'S UP TO YOU」(あなた次第)というメッセージだ。上述の展開のみから帰納的に、レディオヘッドがこのメッセージを掲げるようになった、と説明こそできないが、彼らには「新たな」展開が必要であったことは間違いないのである。

 

・美しくも堕ちていく"In Rainbows"の世界

 "In Rainbows"のオープニングナンバー"15 Step"は5拍子のリズムが中毒性を持つエレクトロナンバーだ。この曲は、トムヨークのソロワーク"The Eraser"からの影響が色濃く感じられる曲の入りを見せるが、後半になるにつれてバンドのダイナミズムが徐々に強くなっていくという曲構成となっている。同曲の冒頭でトムは、「昔はこうじゃなかったよな。いったいどうしちまったんだ」と歌う。さらにサビの一節は「ひとつずつひとつずつ、そうやってみんなに襲い掛かる」である。こうした世界に対する警告・忠言的メッセージを持つ曲としては、前作の"2+2=5"や最新作の"Burn the Witch"といった各アルバムのオープニングトラックに共通する特徴だ。

 "Bodysnatchers"は本作内で最もアップテンポなナンバーであり、トムが”I'm a lie”と繰り返す印象的なラストで曲は終わる。同曲では体を乗っ取られ「こんなつもりじゃない」と叫ぶ人物の悲哀が描かれている。"Nude"は"Bodysnatchers"から一転、スローで幻想的な一曲だ。この幻想的な美しさの裏で「大それたことなど考えるな」というメッセージが歌われており、この一節は本作の核となっている「あなた次第」というメッセージに反対する悪魔のささやきとも感じられる。

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 "Nude"から"Faust Arp"までのアルバムの中盤4曲では、幽玄で美しいサウンドスケープが続く。美しくメロウな楽曲であるが、やはり一方でどこか恐怖の「堕ちていく」感覚に身を包まれる。"All I Need"では「こんなの間違っているのかも、いやこれでいいんだ」と世界の過ちに気づきながらもその現実から目を背け、「この世界に納得しているんだ」と自ら思い込んでしまう人々が描かれている。この既成の事実に屈服してしまう精神性は、丸山眞男が日本人の精神性として指摘したものであり、われわれ日本人にも「なじみのある」考え方かもしれない。

 そしてこのアルバムの核であるとトムヨークが述べていた"Reckoner"へ。イントロのシンバルやタムの響きが空間的な広がりをもって我々に迫り、美しいストリングが楽曲を彩る―壮大なイメージを与える一曲だ。同曲の歌詞には、アルバムタイトルである"In Rainbows"の語がある。"Because we separate like ripples on a blank shore in rainbows"の一節がそれだ。「『虹の中で』、我々は何もない海岸で打ちひしがれ、バラバラになってる」のである。「虹」という明るいイメージが付帯する表現と「何にもない海岸」は一見全く相容れないようであるが、ここにレディオヘッドの「虹」の解釈が垣間見えていると言えよう。

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 "Jigsaw Falling Into Place"では「ジグソーパズルがあるべき場所に収まっていく」と歌われているが、これは単なる楽観主義ではない。「すべてのものがあるべき場所で」と歌った"Everything In Its Right Place"で彼らは「正しさ」の暴力性を強く実感していた。とすれば、ここで歌われている「ジグソーパズル」は、物事を単純化してはわかった気になる我々(どこかで戦争が起きたときに我々はいとも簡単に「民族」対立だの「宗教」対立だのと原因を断定する。本当はそんな単純な理由で戦争は起こり得ないというのにである。)の脳みそのようなものなのではないだろうか。

 そしてラストトラック"Videotape"で、"In Rainbows"は物語としても終わりを迎える。Smashing Pumpkinsよろしく「今日という日がこれまでで一番完璧なんだ」の一節を残してどうとでも解釈可能なエンディングを迎えるのである。ここではゲーテの『ファウスト』における悪魔、メフィストフェレスが登場している。全能であったファウスト博士の全能性が徐々に失われていき、ラストでは鋤鍬の音で民衆が農業にいそしんでいると思い込んだ彼が幸せを実感して死んでいく(実際は鋤鍬の音ではなくメフィストフェレスらが彼の墓を掘る音であったのだが)この物語は、まさにここまで見てきた"In Rainbows"のメッセージと重なり合う。我々は、自分自身を現実の世界と折り合わせ、「これこそが幸せだ」と自ら思い込ませるのである。

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・複数の理想と一つの現実

 我々はたくさんの虹の中にいる。争いのない平和な世界、貧富の差のない平等な世界、人種や宗教によって差別されない世界、等々、たくさんの理想を一人一人が抱えている。重なり合う理想もあれば、対立する理想もある。世界は一つの統一国家であるべきだという人もいれば、一民族一国家を求める人もいるだろう。我々はたくさんの理想にあふれた虹の中にいるのである。

 しかしながら、歴史的に見て、理想は常に一つであるべきだとされてきた。アメリカの民主主義こそが最高である、西洋の理性的価値観こそが絶対である、といったように。だが、果たしてそうだろうか。ある国でよいとされる理想が、そのまま別の国―文化も歴史も地理も異なる「別」の国―に適応することは果たして可能だろうか。今各地で起きている内紛や戦争の発生の一因に、西洋的価値観を絶対視し非西洋諸国はその価値観を受け入れ発展するべきだという考え方があること忘れてはならない。

 ある理想を絶対化するのではなく、一つ一つの理想を丹念に共有し確かめ合い、その結果として、「一つの答え」を生み出す―そんな方法論が、現代には必要なのではないか。"In Rainbows"が複数形であるのは、まさに「複数の理想」をよしとする彼らの「理想」の表れなのである。