ゆーすPのインディーロック探訪

とあるPのインディーロック紹介ブログ。インディーからオルタナ、エレクトロ、ヒップホップまで。

ゆーすPが選ぶ現代アラブ・ポップミュージックの名曲10選[入門編]Part.2

ゆーすPが選ぶ現代アラブ・ポップミュージックの名曲10選 Part.2

ということで、前回記事↓↓

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こちらの続きです。前回はパレスチナ、ヒップホップ中心でしたが、今回はエジプト、ロックバンドを中心に現代アラブポップのオススメ曲を紹介します。


6.Sout El Horeya (صوت الحريه) / Cairokee (كايروكي)

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 ということで早速エジプトのロックバンドCairokeeから。2003年に結成されたCairokeeですが、2011年に発生したエジプト革命に際して市民の革命を鼓舞する楽曲を発表したことで一躍有名に。特に90年代初頭に活躍したエジプト人シンガーAida el Ayoubiをフィーチャーした楽曲”Ya El Medan”がスマッシュヒットを果たしたことで国際的な知名度を獲得し、同楽曲のMVはユーチューブで現在500万再生を突破、日本でも産経ニュースが取り上げるなど*1、注目度の高さが伺えます。

ここで取り上げたのは”Sout El Hareya”(「自由の声」)という楽曲。この曲はまさにエジプト革命のデモが発生していたタハリール広場で収録されたもので、自由を取り戻すことを訴えたメッセージ性の溢れた、それでいて90年代のブリットポップを思い起こさせるようなアコースティックな音像が特徴的です。

こうしたエジプト革命とポップミュージックシーンの関わりについては、中町信孝『「アラブの春」と音楽 若者たちの愛国とプロテスト』(DU BOOKS)が詳細に描いていて非常に面白いので気になった方は是非。

 

7.Arabily (قربيلي) / Wust El Balad (وسط البلد)

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続くこちらもエジプトのロックバンドから。1999年にカイロで結成されて以降、現在に至るまで、四枚のフルレンスをリリースしており、今年の3月にもニューアルバムをリリースしたばかりと、精力的な活動を続けています。

このArabilyは、2007年に発表されたデビューアルバムのオープニングを飾る一曲で、軽快なアコースティックギターアルペジオにリズミカルなリリックが乗ったポップな一曲です。歌詞の方を見てみると、バンド結成以来の物語、そして自身のバンド名にもなっている「ダウンタウン」(Wust El Baladはアラビア語でdowntownの意。)で見たもの、その風景が描かれており、エジプトの繁華街の様子のその一片を垣間見れます。

 

8.Holako (Hulagu) (هولاكو) / Alif (الألف)

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こちらはエジプト、イラクレバノンパレスチナと様々なアラブ諸国から集まった5人組のエクスペリメンタルバンド。

Holako (Hulagu)は、イギリスのインディーレーベルNawa Recordingsからリリースされたアルバム”Aynama-Rtama”からの一曲。ダウナーなギターリフとサイケデリックな曲展開が独特の空気感を生み出していて、不思議な中毒性のある楽曲となっています。

(何故か)ディスクユニオンタワーレコードでも取り扱いがあるようなので、気になった方は是非。

 

9.3 Minutes (٤ دقائق) / Mashrou' Leila (مشروع ليلى)

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さて、個人的には特に一押しなのがこちらのバンド&楽曲。レバノンのインディーロックバンドで、バイオリン奏者を含む5人からなる2008年に結成されたグループです。

元々アラブポップの伝統を踏襲していた彼らですが、キャリアを進めるにつれ欧米のポップス、ロックの要素、さらにはエレクトロミュージックの要素を取り入れるようになりまして、2013年のアルバム”Raasuk”以降は、非常に現代的な、欧米のバンドとの同時代性を強く感じさせるハイレベルな楽曲が特徴です。

実際にアルバム”Raasuk”のリリース後、中東のアーティストとして初めてローリングスローズ誌の表紙を飾っており、さらに2015年にアルバム”Ibn El Leil”がリリースされた際にThe Guardian誌は同アルバムを「アークティックモンキーズレディオヘッドそしてロキシーミュージックやワイルドビースツと比較しうる」と絶賛*2しています。

この”3 Minutes”はそんなアルバム”Ibn El Leil”からリードシングルで、エレクトロミュージックの要素を取り込んだリフが特徴的なナンバー。洗練されたMVも要注目。

 
10.Wenu Wenu / Omar Souleyman

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そして最後はOmar Souleyman。シリアのテクノアーティストで、ダブケと呼ばれるシリア特有の民族舞踊をダンスミュージックに昇華したシリア音楽界の伝説とも呼ばれています。

カセットリリースした”Jani”がヒットすると、国民的人気を獲得、さらには2013年にフルアルバム”Wenu Wenu”をリリースさせると国際的に知られるように。実際に2013年のホステスクラブウイークエンダーで初来日を果たし、また、ビョークからの熱烈なファンコールを受け、BjorkのCrystalijeのリミックスを担当、さらにはトムヨークがレディオヘッドの公式サイトで愛聴曲として取り上げる等、国際的に高い評価を受けています。

さて、そんなアルバム”Wenu Wenu”からの一曲”Wenu Wenu”ですが、非常にハイテンションで一度聞いたら耳から離れないメロディが特徴的な一曲となっています。

 


ということで、前回と合わせて10曲を紹介してきました。気になるアーティストがいたら是非是非。アップルミュージックならここで紹介した楽曲は全て聴けるようなので。ではでは。

ゆーすPが選ぶ現代アラブ・ポップミュージックの名曲10選[入門編]Part.1

ゆーすPが選ぶ現代アラブ・ポップミュージックの名曲10選 Part.1

どうもゆーすPです。今回はかなり以前から取り上げたいと思っていたのですが、ずっと書けずにいたトピックを投稿したいと思います。ズバリ、「アラブ音楽」に関してです。
恐らくアラブ音楽に馴染みがある人は少ないと思います。実際に「洋楽聴くよ!」って人でもこの「洋」は「西洋」のことであって、アメリカ、ヨーロッパの音楽のみの場合は多いです。一方で「非西洋」のラテンミュージックやアフリカ音楽などの非欧米地域の音楽は「ワールド」ミュージックと分類されることが多いです。ツタヤの分類とかでもそんな感じ。

ともすれば、そもそもアラブにまともな「音楽シーン」なるものがあるのか、その存在すら疑わしいと思う人もいるかもしれません。
そんな方々に、是非アラブ音楽の魅力をお伝えしようと、今回この記事を書かせていただきました。アラブ音楽を、色眼鏡を通してではなく、純粋に音楽として聴いてみると、「あれ?意外といいじゃん」って思える楽曲がたくさんあって。皆さんと、そんな体験を共有できたらと思います。御託はこれくらいにして。早速いきましょう。(と言いつつ以下、少しばかり御託が続くので、とにかく音楽紹介が見たい方は「・私的おすすめの現代アラブ・ポップミュージック10選」へスキップしてどうぞ)

 

イスラームで音楽は禁止されている?

さて、アラブ音楽と聴いて、「あれ、イスラーム教では音楽(楽器)が禁止されているのでは?」って思った方、鋭いです。アラブと聴いた時に、一番にイスラーム教を思い浮かべる方は多いかと思います。実際にアラブを語る上でイスラームの理解は不可欠です。

では、イスラーム教における聖典、『コーラン』において音楽は禁止されているのでしょうか。実はされていません。確かに「詩人」を悪魔の手先として描いた章句はあるのですが、この詩人の表現をもってイスラーム教は音楽を禁じている、とするのはいささか早計であることが分かるでしょう。この「詩人」の表現を理由に、ターリバーンやアルカイダが音楽を禁止しているという事実はあるのですが、そういった解釈は非常に例外的である、ということを理解していただきたいと思います。

さらに、禁止されていないどころか、「アザーン」や「クルアーン朗誦」などの宗教儀礼に注目すると、むしろ音楽を重視している、と言っても間違いではないと思います。総じて言えば、ムスリムだからといって音楽を聴かない、ということはなく、むしろ好んで音楽を聴く人々がたくさんいて、それは我々と全く同じだということです。

 

アラビア語と音楽

今回ここで紹介する曲の内半分ほどの曲が、アラビア語による曲となっています。みなさんアラビア語というと全くなじみがないかもしれませんが、実はアラビア語というのは「音の響き」を重視する言語なのです。基本的にアラビア語の単語は三つの「語幹」から成っています。そしてこの語幹を組み合わせることで単語を作り上げるわけです。例えば、「書く」、という動詞は”كتب”といいますが、この動詞はك(ka)・ت(ta)・ب(ba)の三つの語幹から成っています。そして、この「語幹」というものが非常に重要でして、「書く」ことに関連する単語はすべてこの三つの語幹(ك(ka)・ت(ta)・ب(ba))から作ることができるのです。ここでわかりやすくカタカナで発音を表記させていただきますと、「書く」は「カタバ」、「本」は「キターブ」、「作家」は「カーティブ」、「図書館」は「マクタバ」、といった感じになります。

そして、この三音の組み合わせ方は名詞の種類等によって決まっています。ちょっとわかりづらかったかもしれませんが、こうした理由で、「音の響き」が非常に美しくなる、と言われています。

このこともあって、ヒップホップなんかは韻を重視しますが、アラビア語だとこうした韻が踏みやすいと言われていますね。

 

前置きが長くなってしまいました…早速曲の方に行きましょう。

※左(曲名)/右(アーティスト名)

 

・私的おすすめの現代アラブ・ポップミュージック10選

1.Min Irhabi? (مين إرهابي) / DAM (دام)

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ということで一曲目は、DAMのMin Irhabi?です。Min Irhabi?は日本語では「誰がテロリストか?」という意味になります。本楽曲は、映画「自由と壁とヒップホップ」で用いられたこともあって、アラブミュージックの中では比較的有名な部類に入るかと思います。

本楽曲で歌われているのは、タイトルから何となく想像できたかもしれませんが「パレスチナ問題」についてです。

冒頭のリリックで、

誰がテロリスト?

俺がテロリストだって?

こちとらお前らに土地を奪われたってのに、どうやったらテロリストになるんだよ?

と歌われています。これは諸外国、特に欧米のパレスチナ問題の認識に対する強烈な批判です。パレスチナのゲリラ(=欧米の言うテロリスト)がイスラエルを攻撃した際、イスラエル軍は自衛を理由に「テロリスト」の人々を殺害します。そしてこうした事件をアメリカメディアは「恐ろしいイスラーム過激派がイスラエルを攻撃し、イスラエルはその危険を見事に排除した」というふうに伝えます。しかしながら、実際にあるのは圧倒的な権力の非対称性です。パレスチナ側の攻撃が自爆テロインティファーダ(石を投げる行為)に留まるのに対して、イスラエルは「国軍」が、空爆をし、ブルドーザーで石を投げる市民を踏み潰し、パレスチナ人を元々住んでいた土地から追い出すのです。

ですから、欧米諸国はパレスチナ人を「テロリスト」だと呼びますが、ある人を住む土地から追い出し圧倒的な軍事力で反対を抑え込むイスラエルの方こそ「テロリスト」なんじゃないか、と言うわけです。

日本のメディアに接していると、パレスチナの現状はなかなか見えてこないのが実際のところです。そんなパレスチナから遠く離れた日本に住む私たちがパレスチナで起きていることを知るのにぴったりな一曲となっています。

 

2.Long Live Palestine / Lowky

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こちらも上述のMin Irhabi?同様、パレスチナの解放を歌った非常にメッセージ性の高い一曲となっています。日本では政治と音楽について、両者は不干渉であるべきだ、との声を聴くことがありますが、それはある程度平和な国であるから言えることでしょう。最近タイの軍事政権を批判した"Rap Against Dictorship"が話題になっていますが、圧政や紛争に苦しんでいる国においては、本当に、音楽が状況を変える処方箋となりうるのです。

さて、そんなLowkyの一曲ですが、曲名が"Long Live Palestine"とだけあって、非常に政治的主張が強く、パレスチナ独立の願いをラップしたものとなっています。ちなみに"Long Live Palestine part.2"という楽曲もあり、こちらはパレスチナの有名ラッパーがこぞってフィーチャリングに参加しためちゃくちゃかっこいい一曲となっています。"part2"の方ではアラビア語パートも。

本楽曲はLowkyのアルバム"Soundtrack to the Struggle"に収録。良曲ぞろいなのでこちらも是非チェックを。ちなみにこのLowkey、イギリス系のイラク人だそうで、グラストンベリーやT in the Parkにも出演したことがあるそうです。

 

3.Damascus / Omar Offendum

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こちらはサウジアラビアで生まれワシントンで育ったというシリア系アメリカ人Omar Offendumの一曲。彼はラッパーとして活動する傍ら、デザイナーや活動家としても活動していて、世界を股にかけ国際的に活躍しています。

この楽曲のタイトルDamascusはシリアの首都、ダマスカスのことで、2011年のアラブの春以降現在まで続くシリア内戦について歌った曲となっています。2011年に発生した反体制デモに対して、アサドは徹底的にこれを弾圧。これを受けてアメリカをはじめとした大国が介入をしたために、各国の利害が複雑に絡み合うこととなり、さらには2014年以降イスラム国が伸長した影響を受け、シリアの戦火はさらに広がり、現在ダマスカスは廃墟と化してしまっています。

ダマスカスは、「世界一古くから人が住み続けている都市」として知られていて、ウマイヤドモスクやアゼム宮殿といった歴史的建造物が立ち並ぶ美しい街として観光客で賑わっていました。今やその面影も失われてしまいましたが、2011年以前の写真を見ると、その雰囲気を知ることができます。

ちなみに曲の冒頭では、現代アラブにおける最も優れた詩人の一人であり、シリアのナショナリズムにも影響を与えたとされるNizar Qabbani(1923-98)の詩が引用されています。

 

 4.Hamdulilah (حمد لله) / The Narcicyst

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The NarcicystことYassin AlsalmanはUAE出身のラッパーでジャーナリストとしても活躍している人物です。そんな彼の本楽曲はワイルドスピードスカイミッションの挿入曲として用いられていたようで、ワイスピのサントラにもWiz KhalifaのSee You AgainやT.I. & Young ThugのOff-Setと並んで収録されています。

さて曲名のHamdulilahですが、アラビア語ではよく用いられる表現でして、元々は「賞賛は神にある」という意味で、クルアーンの冒頭にも用いられている表現なのですが、日常生活の場では「おかげさまで」といった意味で用いられます。

本楽曲は、Shadia Mansourという「アラブヒップホップの母」と呼ばれるイギリス系パレスチナ人をフィーチャーしており、彼女のオリエンタルな歌声から楽曲は始まります。トラックの方も中東感のある幽玄なイメージを思わせる作りで、彼のアラブへの愛が感じられるものとなっています。

一方で曲の最後には"It's like a jungle sometimes It makes you wonder"とGrandmaster Flash & The Furious FiveのThe Messageからの一節もあり、そうしたオールドスクールヒップホップへのリスペクトが見てとれます。

 

5.The Unsolved Case / Kayaan (كيان)

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こちらはこれまでと打って変わってjazzyでお洒落なKayaanのナンバー。Kayaanとは、ピアニストであるChristian Muellerを中心に結成された国際的な音楽プロジェクトで、アラブヒップホップと西洋的ジャズのブレンドに挑戦するグループである、と紹介されています*1。実際に、Kayaanは3人のパレスチナ人ラッパー、6人のスイス人ジャズ奏者、そして1人の同じくスイス人の女性ヴォーカリストから構成されています。ちなみにグループ名のKayaanはアラビア語で「存在」や「本質」を意味する言葉です。

そんなKayaanのこちらの一曲、聴いていただければ一目(耳?)瞭然ですが、アラブヒップホップと西洋的ジャズが非常に高いレベルでミックスされており、私はほとんど違和感を感じませんでした。一方で、アラビア語のラップが独特な雰囲気を醸成しており、その点では新鮮さを感じられます。そんな楽曲の歌詞の方は、パレスチナの過酷な現状を生きる若者たちの生活を鋭く描いたものとなっています。

 

 

 ということで、なんだか長くなってしまったので、6曲目~はPart.2に続きます…今回はパレスチナ多めだったのですが、次回はエジプトを中心に紹介する予定です。

コラム:本×音楽のすすめーー読みながら聴きたい曲、聴きながら読みたい本

秋といえば、そう、読書の秋。

ということで。(もう冬になりつつあるんですがね…)

 

今回は少し趣意を変えて、本×音楽の組み合わせをいくつかピックアップしてみました。読みながら聴きたいアルバム、聴きながら読みたい本、の組み合わせです。本のチョイスが自分の好みに偏りまくってるのですが、どうかお許しを。

 (※音楽アーティスト / アルバムタイトル × 本の筆者 / 本のタイトル、の順となっています)

 

1. Radiohead / Hail to the Thief × ジョージ・オーウェル / 1984

Hail to the Thiefの幕開けを飾る強烈なロックナンバー“2+2=5”のタイトルの由来は、言うまでもなくジョージオーウェルの『1984年』におけるフレーズに由来している。

最終的に、党は二足す二は五であると発表し、こちらもそれを信じなくてはならなくなるだろう。…(中略)...そして恐ろしいのは、党の考えに同調しないために殺されることではなくて、党の考えの方が正しいかもしれないということ。結局のところ、二足す二が四であることをいかにして知るというのだ?...(中略)...自由とは二足す二が四であると言える自由である。その自由が認められるならば、他の自由は全て後からついてくる。*1

トムヨーク流の"2+2=5”は、楽曲のPVにおけるなんともショッキングな映像と共に、管理社会、全体主義批判と同時に環境破壊、グローバリズム、資本主義批判を展開。『1984年』におけるジョージオーウェルの批判の矛先は、全体主義共産主義であり、これらは現在ではすっかり影響力を失ったイデオロギーである。しかしながらトムヨークが”2+2=5”で示したこれらの批判は、今もなお、オーウェルの批判が有効であることを、資本主義やグローバリズムへと形を変えて管理社会、監視社会が存在していることを示唆している。その意味で、『1984年』の現代的意義を考えつつ本書を読むのに、Hail to the Thiefはうってつけの一枚だ。

 

2. Manic Street Preachers / This Is My Truth Tell Me Yours × アーネスト・ヘミングウェイ / 誰がために鐘は鳴る

 マニックスが金字塔Everything Must Goの次にリリースしたのがこの”This Is My Truth Tell Me Yours”。ヘミングウェイとの関係は、このアルバムのリードシングル”If You Tolerate This Your Children Will Be Next”(邦題:輝ける世代のために)が第二次世界大戦の前哨戦ともなったスペイン内戦について歌った曲であるという点にある。まさにこの曲のタイトル(“もし君がこれを黙認すれば、今度は君の子供達の番だ”)は、反ファシズム勢力によって用いられたスローガンで、当時スペインで勢力を拡大していったフランコ独裁に対する人民戦線側の想いが現れている。『誰がために鐘は鳴る』は、そんな反ファシスト軍として戦うロバートとマリアの恋愛模様を描いた戦争物語。ロバートは、ゲリラ攻撃に身を投じるわけだが、こうしたスペイン内戦の実情は、マニックスの本楽曲の歌詞にもある”if I can shoot rabbits, then I can shoot facists”という強烈なフレーズ(実際に当時の反ファシスト軍が用いた言葉らしい)からも伺える。マニックスヘミングウェイ、全く共通点がなさそうな二者だが、スペイン内戦という共通項に注目しながら読み聴きすると面白い。

 

3. Joy Division / Closer × キルケゴール / 死に至る病

「死」について言及することなしにJoy DivisionのCloserを理解することはできない。陰鬱でゴシックな世界観に彩られたCloserが発売されたのは、イアンカーティスが自殺した2ヶ月後。その死の事実を知った上で本作を聴くと、イアンカーティスが吐き捨てる「生というものへの絶望感」や「強烈な自己否定」が生々しいリアリティをもって迫ってくる。こうした生という有限なものへの不安を見事に分析した思想家は、キルケゴールを置いて他にいないだろう。『死に至る病』は「死に至る病とは絶望のことである」という強烈な文言から始まる。

人間はあれこれの可能性を実現したり、それに挫折したりして生きる。しかし、そのプロセスがどうあれ、最終的には人間は、<死>という絶対的な不可能性につきあたることになる。絶望とはそういう意味で「死に至る病」であり、底の底では一切の可能性の終局的な不可能性として存在しているのだ。*2

実際、"Closer"を聴きながらキルケゴールを読んだら、両者とも非常に暗い内容なので、自分自身が病的な感じになってしまいそうなので私は試していないのですが(笑)、深く暗闇に沈みながら思索に耽りたい人は是非トライを。

 

4.Chance the Rapper / Coloring Book × アラン / 幸福論

なんだか暗い雰囲気の本が続いてしまったので、最後は気分を切り替えて「幸福」を描いたこの二人を。Chance the Rapperといえば、多幸感をゴスペルサウンドにのせてシカゴの希望を歌う現在のシーンの最重要人物の一人。彼は音楽活動に留まらず、シカゴ社会をより良いものにするため様々な活動を行っている*3。そんなチャンスの多幸感満載のサウンドを聴きながら、「幸福って何だろう」と、改めて考え直してみるのもいいかもしれない。

幸福は見た目にも美しい。それはもっとも美しい観物である。(92章 幸福になる義務) *4

ここではアランの『幸福論』を挙げたが、他にも幸福について考えた哲学者はたくさんいて、ヒルティ、ラッセルの幸福論と併せて三大幸福論と呼ばれたりすることも。なので、アランに限らず様々な著作を読んでみては。

 

 

ということで、本×音楽の組み合わせで四つ、考えてみました。

「読書の秋」にかけて秋のうちにアップしようと思ったら、思いついてから一か月以上かかってしまいました…まだ紅葉が見ごろなのでまだ秋って言って大丈夫だよね?そうだよね?と言い訳を考えつつ、、、

ではでは。

 

*1:ジョージ・オーウェル(著), 高橋和久(訳), 2009『1984年[新訳版]』pp. 124-125

*2:竹田青嗣, 1992『現代思想の冒険』pp. 148-149

*3:詳しくは、拙稿怒りを祈りに転化したシカゴの光ーDisc Review : Chance the Rapper / Coloring Book - ゆーすPのインディーロック探訪参照。

*4:アラン(著), 白井健三郎(訳), 1993 『幸福論』p.285

ロックスターとヒップホップスターの狭間でーーカテゴリー化の暴力を超えてーーDisc Review : Travis Scott / Astroworld

ロックスターとヒップホップスターの狭間でーーカテゴリー化の暴力を超えて

ディスクレビュー : Travis Scott / Astroworld (2018)

先日行われたアメリ中間選挙。そこで明らかになったことは、多くの有権者が自らのアイデンティティを積極的に政治に反映させようと行動したことであった。政治においてアイデンティティが重要なファクターとして立ち現れたのである。実際に同選挙は、LGBTを公言する候補者や女性の候補者、ムスリムの候補者が存在感を示す選挙となった*1

一方で、ポストモダンに生きる我々は、他人、権力によるカテゴリー化、分類化には抵抗を示す。他人が何らかの身体的、精神的、血縁的特徴を基に”私”をカテゴライズするようなことがあれば、そのラベリングに我々は異常なまでの嫌悪を覚える。それは「女だから」「子供だから」「ゲイだから」と言った文言がすぐに炎上するTwitterを見れば一目瞭然だ。

この一見矛盾する構図は、決して分かりにくい話ではない。一方でアイデンティティを他人からラベリングされることをひどく嫌い、他方で自らのアイデンティティを積極的に公言する。“私”とはどんな人間か。それを決定する権利は自分だけにあって、決して他人から強制されるものではない。こういう考え方は、自由や自己決定の権利といった思想に基づいたものだ。

  

こうした、いわば「アイデンティティの自決権」をめぐる構造は音楽においても言えることだろう。

多くのミュージシャンが自分の音楽がどのようなジャンルに属するものであるかに意識的であり、その意識に基づいてコマーシャルな戦略を練り上げる。商業音楽の場合は特にこの傾向が強く、自分の音楽をマーケティングするために、自分の音楽がどのような層にウケるかを考え自分にラベリングを施す。

一方で、周知の通り、自分たちの音楽が何らかのジャンルにカテゴライズされることをひどく嫌うミュージシャンは多い。トリップホップというラベリングを嫌ったMassive Attackをはじめとしてそういった例を挙げればキリがない。

そして現在、この「アイデンティティの自決権」をめぐる構造が顕著に現れているのが、昨今のヒップホップシーン、特にサウスシーンだ*2

彼らはヒップホップ、ラッパーといったラベリングをひどく嫌う。その中でもTravis Scottの発言は象徴的だ。

Man, I'm not hip hop, I might be an MC and a rapper, but man, I [do] this process differently. (...) I don't like categories. I'm an artist. I produce, I direct, and all of that goes into the music. *3

この発言からは、彼のカテゴライズ化への嫌悪がダイレクトに伺える。

他方で彼らは異なるアイデンティティを驚くほどストレートな形で希求している。そしてそのアイデンティティこそ、他でもないロックスターとしてのアイデンティティである。今年のフジロックを沸かしたPost Maloneの楽曲"rockstar”、かつての”ロックスター”カートコバーンを彷彿とさせるグランジオルタナ的な影響を前面に打ち出したLil PeepやXXXTentasion、そして”Black Beatles”で自らの成功とビートルズを重ね合わせたRae Sremmurd等々、彼らのロックスター的自己規定の傾向は明らかである。

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ただし、彼らはヒップホップとしてのアイデンティティを棄てているわけではない。実際にサウスシーンのミュージシャンの多くがヒップホップ起源のトラップミュージック的傾向を示しているし、その歌詞やスタイルに目を向けても、ヒップホップ的価値はある種の誇り高きアイデンティティとして表象されている。

 

Travis ScottのAstroworldは、このラベリングとアイデンティティの自己規定にまつわる二重性を、非常に突出した形で乗り越えることに成功している。2005年までヒューストン実在したテーマパーク”Six Flags AstroWorld”に由来するタイトルを冠した本作は、サウスシーン、ヒップホップ史の潮流を自覚的に引き受けつつ、他方でロックスター的アイデンティティを称揚するのである。

オープニングトラック”Stargazing”では上述のテーマパークAstroWorldやヒューストンロケッツ(NBAの一チーム)の本拠地トヨタセンターなど、自らの生まれ育ったヒューストンへの言及が見られる。他方でこのStargazingというタイトルは明らかにAstroworldと同様の宇宙的世界観を示しており、ヒューストンというローカルさと対照的なユニヴァーサルなスケールが強調されている。アルバム三曲目、大ヒットシングルとなったDrakeとのSicko Modeは何度も転調を繰り返しながら進行するさながら10年代の"Happiness is a Warm Gun"だ。この曲名の"Sicko"はDrakeのホームタウントロントを示しており、ここでもローカルなもの、ホームタウンへの愛着が強調されている。 続くR.I.P. Screwは2000年にオーバードーズによって他界したサウスシーンのレジェンド、DJ Screwへの敬意を示した楽曲であり、ヒップホップ、サウスシーン的アイデンティティをはっきりと表明している。

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一方で、James Blake、Stevie WonderをフィーチャーしたStop Trying To Be GodはTravis Scottの音楽的懐の広さを示す一曲であり、James Blakeの美しく幽玄な歌声が非常に印象的である。実際に、上で引用したMTVのインタビューで、トラヴィスは自身の音楽がヒップホップと呼ばれることを否定すると同時に、Bon Iverをフェイバリットに挙げており、彼から音楽的影響を受けていること認めている。Bon Iverからの影響はStop Trying To Be GodのみならずSkeletonsでもうかがえる。同ナンバーはTame Impalaをフューチャーしたサイケデリックなナンバーであり、どこかレトロゲームのBGMを想起させるトラックが特徴的である。

こうした音楽的懐の広さは、彼の発言からも裏付けられる。ツイッターで”Thom Yorke in my system”と発言し、レディオヘッドからの影響をも受けていることを示唆したこと*4、さらにはカートコバーンを引き合いに出している(以下の発言参照)ことが例として挙げられよう。

It’s good for people like me and [Young] Thug and other people like [Kid] Cudi and Kurt Cobain, people that just keep it real *5

こうした彼の二重性、すなわちヒップホップ、サウスシーン的アイデンティティを強調する一方で、自身がヒップホップであるとラベリングされることを嫌い、ロック的なアイデンティティを強調すること、を単に矛盾だと切り捨てることもできるだろう。だが、この二重性は、矛盾というよりも、Travis Scottの強い意思表明なのではないだろうか。

 

近年、国際結婚によって生まれた子供を「ハーフ」ではなく「ダブル」と表現しようとする動きがある。

同じハーフ仲間でも「やっぱり『ダブル』って言い方が好き」という意見が多い。確かに言葉として「半分=ハーフ」より「倍=ダブル」の方がいい、っていうのは気持ちとしてわかるな。*6

「ハーフ」という表現が、二つのアイデンティティを「半分づつ」有している、というイメージに立脚したタームである一方、確かに「ダブル」という表現には二つのアイデンティティを「両方とも」有している、というイメージがある。元来、アイデンティティとは選びとるものであり、選択しなければならないものであった。実際に、「ハーフ」の子供達は大人になったら国籍を選択しなければならない運命にある。

しかしながら、「ダブル」という表現が用いられるようになってきていることからもわかるように、アイデンティティが複数あることを一種の豊かさとして捉えるような見方も徐々に広がってきている。確かに「二重国籍」をめぐる問題は複雑であり、「ダブル」の人々が国家に対する忠誠心を有していないと見做されてしまうことも確かである。しかしながら、ヨーロッパの現状を見ると「二重国籍」を認めないという選択肢がまったくもってうまく行っていないことは明らかである*7

そんな世の中で、Travis Scottがロックとヒップホップの二重性を主張したのは、まさに「ロックとヒップホップのダブル」のあり方を示しているのではないだろうか。これまで、ロックスターはヒップホップにはなれなかったし、ヒップホップスターはロックスターにはなれなかった。もちろん、ロックバンドがヒップホップを取り入れたり、ラッパーがロックを取り入れたりといったことはこれまで至る所であった。しかしながら、Travis Scott、ひいては近年のヒップホップスターたちは、そこから一歩進んで、ヒップホップスターかつロックスターであることを見事に成し遂げているように思う。

And wearin' these motherfuckin' Rockstar jeans, nigga *8

NirvanaのTシャツを身にまとい、ジム・モリソンのようにレザーパンツを履きこなし、"Wish You Were Here"と題されたツアーを回る。Travis Scottは単なるヒップホップとロックの架け橋であるに留まらず、「ロックでありかつヒップホップでもある」ような新たなスター像を模索している。 もはや「ロックは死んだ」という言葉それ自体が死につつある2018年。これからの「ロックスター」を担っていくのは、バンドではなくラッパーになるかもしれない。

社会に立ち向かう個人ーDisc Review : tofubeats / RUN

社会に立ち向かう個人

Disc Review : tofubeats / RUN (2018)

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こんなにたくさんいるのに  たった一人走るとき

アルバムのオープニングを飾るタイトルトラック”RUN”のこの一節は、本作を象徴するフレーズだ。一年半ぶりのフルアルバムとなった本作”RUN”は、現代社会を生きる個人に焦点を当てたものとなった。

 

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星野源が見据えるJポップの未来ーSong Review : 星野源 / アイデア

星野源が見据えるJポップの未来

ソングレビュー : 星野源 / アイデア

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星野源初の配信限定シングル。NHK朝の連続テレビ小説『半分、青い』の主題歌。

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Joey Purpと新しいシカゴ―Disc Review : Joey Purp / QUARTERTHING

Joey Purpと新しいシカゴ

ディスクレビュー : Joey Purp / QUARTERTHING (2018)

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Joey Purpの2年ぶりとなる2ndアルバム。前作iiiDrops同様フィジカルリリースは無しでストリーミングのみのリリースとなっている。

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