ゆーすPのインディーロック探訪

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ニューヨークの光と闇―Disc Review : Vampire Weekend / Modern Vampires of the City

ニューヨークの光と闇

Disc Review : Vampire Weekend / Modern Vampires of the City (2013)

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今回取り上げるのはVampire Weekendが2013年にリリースした3rdアルバム"Modern Vampires of the City"。この印象的なアルバムタイトルは、ジャマイカのレゲエミュージシャンJunior Reidの名曲"One Blood"の一節、"Modern Vampires of the City, Hunting blood, blood, blood"(街にいる現代の吸血鬼は、血を狩っている、ただひたすらに)"から採られたものだ。

そして、本作のジャケット写真は1966年に撮影されたという霧が立ち込めたニューヨークのモノクロ写真が用いられている。当時のNew York Timesの表紙にも掲載されたというこの一枚の写真は、深刻な空気汚染による霧がどこかディストピア的な雰囲気を醸し出しており、シュールレアリズム的イメージはSFチックな浮遊都市を連想させる。

 さて、タイトルとジャケット写真からして、何かが違う。これまでのVampire Weeekendの雰囲気と、明らかに違う。1stアルバムで早くも「彼ららしさ」を確立したVampire Weekendであったが、ここではその「彼ららしさ」が全く感じられない。

 

・サウンド面の変化

1stアルバムで彼らが見事に成し遂げたこと、それはアフロビートをポップに、現代的にアップデートしたことだった。アフリカンでエスニックな雰囲気とバロックポップ、チャンバーポップ的な上品さを見事に結びつけ、彼らはUSインディーシーンに新たなる息吹を吹き込んだのである。

本作3rdアルバムを聴いてみると、タイトルやジャケット写真がそうであったように、サウンド面も大きな変化を遂げていることがわかる。ご機嫌なポップチューン、アフロビートが特徴的なエスニックな曲展開は鳴りを潜め、全体的にテンポはスローダウン&レイドバックしており、ダークでヘヴィーな印象が強くなっている。そして、サウンドはさらにハイブリットなものとなっており、実験的でこれまでの型にはまることのないサウンドへ進化を遂げている。一方で楽器の編成としてはよりミニマルになっているとも言える。ギター、オルガン、ハープシコード、そして時折のサンプリング、こうした音像は、前作までの「軽快さ」と対照的な「高尚さ」を思わせる。

 

・宗教、老衰・死、ニューヨーク

こうした音楽性の変化は何を意味するのだろうか。ここから少し歌詞の内容に踏み込んで本作の内容について考えてみたい。

作品に通底するキーワードは、宗教、老衰・死、そしてニューヨークであるとまとめられる。Unbelievers、Worship Youなどは分かりやすく宗教をテーマとしているが、これはエズラユダヤ教徒でありロスタムがイラン出身のムスリムの両親のもとで過ごしたことと無関係ではないだろう。特にUnbelieversでは「不信仰者は炎に裁かれる(We know the fire awaits unbelievers all of the sinners the same)」というフレーズがあるが、これはイスラム教の経典コーランからの引用であると思われる*1。ロスタムは自らがゲイであることを告白しているが、実はイスラム教において同性愛は禁じられている。なのでイスラム教の教義からするとからするとロスタムは不信仰者となるわけだが、それに対してこの楽曲Unbelieversは不信仰者とされてしまう者を擁護するというか、信仰者と不信仰者を二分法的に理解する考え方に対して問題提起をしているように思われる。

「老衰」「死」に関してはDiane YoungとStepに顕著だ。特にdie youngを文字ったと思われるDiane Youngは、若くして死ぬことの美学、ヒロイズムについて歌ったかと思えば、一方で「自己防衛の人生を生きている。俺は過去を愛する、だってソワソワしたりしたくないし(Live my life in self-defense. You know I love the past, ’cause I hate suspense)」と歌い、自らはそんなヒロイズムとは一歩引いた視点から冷静にモノを見ているような印象を受ける。

さらにアルバムの終盤では、ニューヨークについての物語が展開されている。イングランドの探検家ヘンリーハドソンの名を冠した楽曲Hudsonでは、ハドソンの北アメリカ探索から移民の到着、さらにはアメリカによる植民地支配まで、ニューヨーク、ひいてはアメリカの歩んできた歴史が叙述的に歌われている。エズラの育った地であるニューヨークの歴史をたどることで彼は自らのルーツを探る旅を行っていると言える。

 Vampire Weekendが本作にちりばめたメッセージは、非常に奥が深いもので、一筋縄では解釈が難しい歌詞が非常に多い。宗教、死、ニューヨーク。そのどれもがアルバムの根幹を担う重要なコンセプトだ。以前から確かにVampire Weekendは軽やかなポップネスを振りまく一方で、固有名詞を多用した難解な歌詞で知られていたが、本作はそれがさらに深みを増したということになろう。その意味では、今作の劇的な変化も、あくまでも前作からの漸進的な進化であると言えるだろう。

 

・「現代の吸血鬼」の正体

ニューヨークについての歌は、これまでたくさんのミュージシャンによって歌われてきた。ビリージョエルは「僕の心はニューヨークにあるんだ」とNYへの羨望を歌い、アリシアキースは「ニューヨーク、それは夢が生まれるコンクリートジャングル」と夢の叶う場所としてNYを歌い上げた。自由の女神が聳え立つニューヨークは、確かに経済の中心地として、さらには移民が集まる多様性の象徴としても発展したきらびやかな夢の街だ。

こうしたいわゆる「表の面」の一方で、いわゆるNYの「裏の面」が、黒い影がまとわりついてきたことも確かだ。ジャケット写真の霧が示しているのはNYが引き起こした環境汚染の深刻さであるし、アル・カイーダによる9.11によるテロの記憶も未だ消えることなく残っている。こうしたNYの「裏の面」は、NYの豊かな暮らしが世界の犠牲の上に成り立っているという残酷な真実をNYに住む人々に突き付けた。

第二次世界大戦後のポストコロニアリズムは、欧米の絶対的優位を解体し、欧米がいかにして自らの繁栄を成り立たせてきたかを暴露した。それは発展途上国への経済的搾取であり、東南アジアや中東への必要以上の政治介入である。本作Modern Vampires of the CityはNYをテーマにしながらも、そのトーンはこれまでのミュージシャンがしてきたような「表の面」の強調ではなく、「裏の面」の示唆である。だとすれば、「街にいる現代の吸血鬼たち」ーーそれは黒人でもなければムスリムでもなければヒスパニックでもなく、まさに特権階級の白人たち、彼ら自身のことなのかもしれない。

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ということで予告通り?Vampire Weekendのレビューとなります。この3rdアルバムは個人的に非常に思い入れのある大好きなアルバムでして…なので実にフジロックが楽しみなところ。先ほど発表された情報によると、フジロックYouTubeでのライブ配信でVampire Weekendは見ることができそうです、行けない方もこちら要チェック。

 

 

*1:アッラーは不信仰者を呪い、彼らのために燃え盛る炎を用意された。彼らはその中に永遠に留まり、助けを乞うべきいかなる保護者も見いだすことは出来ない。その日、炎に彼らの顔は歪み、「ああ、アッラー使徒に従っていればよかった」と言うことになろう』(クルアーン第33章〔部族連合〕64-66節)との一節がある。上記はIslamic Center Japan HPより引用(最後の審判 – Islamic Center Japan)。