ゆーすPのインディーロック探訪

とあるPのインディーロック紹介ブログ。インディーからオルタナ、エレクトロ、ヒップホップまで。

シンギュラリティ——技術的特異点の向こう側―Disc Review : Jon Hopkins / Singularity

シンギュラリティ——技術的特異点の向こう側

Disc Review : Jon Hopkins / Singularity (2018)

f:id:vordhosbn:20210920232249j:image

 「電子音という無機質的な音によって作られた音楽が、自然や生命といった有機的なテーマを表現する」ということに、我々はもはや違和感を覚えることは無くなっている。それは、これまでの電子音楽の功績によるところが非常に大きい。すなわち、ブライアン・イーノをはじめとしたアンビエント・ミュージックが環境音楽として、時には人間の歌声以上に「自然」を適切に表現することに成功してきたということであり、この流れは現在に至るまでのエレクトロシーンに大きな影響を与えている。

 一般的に、「機械」と「自然」は対立するもの、一方で「人間」と「自然」は調和するもの、として考えられてきた。しかしながら、上に述べたように、この”Singularity”を含む多くの作品が「機械(=電子音楽)」と「自然」の見事な調和を実現させてきた。では、この調和を可能にするものは一体何なのだろうか。” Singularity”は、この問いに応えるためのヒントが隠れている。

 

・「自然」と「機械」をつなぐ

 本作”Singularity”は、ロンドンのプロデューサー、Jon Hopkinsによる作品で、前作”Immunity” 以降5年ぶりの新譜となっている。そんな本アルバムは大きく二つのパートに分けることができる。タイトルトラックとなる1曲目 ”Singularity”から始まり4曲目”Everything Connected”でピークを迎えるまでの、ハイテンポで先鋭的なテクノミュージックとしての前編。そして5曲目”Feel First Life”から最終トラック”Recovery”までのアンビエント環境音楽的な後編、である。

www.youtube.com

本アルバムの核とも言うべき"Everything Connected"。10分越えの大作にして(こちらの動画は5分ほどにカットされていますが…)、それでいてダレることのない。名曲。

 つまり、本作はテクノからアンビエント・ミュージックまで、幅のある電子音楽からなるわけだが、一方で、キーワードとなるのが「自然」である。それは美しい星と夜明け(もしくは夕焼け?)のジャケット写真から明白だが、本作が制作されるまでの背景が如実にそのことを物語っている。

長く続いた『イミュニティ』のツアー後、新たな人生経験を得るために長い休暇をとってカリフォルニアで1年間過ごしました。砂漠や手つかずの自然が残ってる場所なんかに行ったりして。そこで自分が慣れ親しんだイギリスでの暮らしから完全に切り離された経験を得ました。その経験がこの作品を全て物語っていると思います。自分の直感だけに従って、自身の潜在意識から音楽が流れ出るようにしたんです。*1

つまり、この”Singularity”は、テクノからアンビエント・ミュージックに至るまでの様々な電子音楽によって「自然」というテーマが表現された作品である、と要約できよう。

 

・シンギュラリティ——技術的特異点

 そんな「機械」と「自然」が見事に同居する本作だが、そのタイトル"Singularity"が非常に示唆的だ。singularityとは、元々「特異性」を意味する単語であるが、近年は特に"technical singularity"=技術的特異点の意で使われることの多い表現である*2

 この技術的特異点とは、簡単に言ってしまえば「コンピュータの知性が人間の知性を越してしまう」 状態を指した言葉であり、この「特異点」を唱えたカーツワイル氏によると、その特異点2045年前後に訪れるという*3

 メディアでは、この2045年という数字だけが妙に独り歩きしてしまっている気もするが、もはや我々は「技術的特異点」をいずれ迎えるであろうことに異論を挟むことはできないだろう。近年のAI技術の凄まじい勢いでの発展を見ていると、2045年どころかもうあと5年もしないうちに特異点がやってくるのではないかとも思えてしまう。

 では技術的特異点を迎えた先に、我々に待ち受けているものは何であろうか。しばしば指摘されるのが、「仕事がロボットに奪われる」という事態である。フライ氏とオズボーン氏によると、これから10年から20年の間に、アメリカの全雇用の約47%がコンピュータ化される恐れがあるという*4。さらに、人工知能のさらなる発展によって、我々人間がロボットによって啓蒙される事態も想定されている*5

 

・技術的特異点の先の世界

 ここまで「技術的特異点とは何か」、そして「技術的特異点の先に何が待ち受けているのか」を簡単に述べてきたが、さてどうだろう。こう考えてみると、このアルバム"Singularity"は、まさしく「技術的特異点」を迎えた我々人類を描いた作品なのではないかと思えてならない。、、、と、そんな非常に個人的見解に基づく仮説に立って*6、本作をざっと振り返ってみると、以下のようになる。

————

 一曲目"Singularity"はまさしくそんな特異点を迎える瞬間を描いた曲だ。ノイジーな開幕から、徐々に激しくなっていくシンセと音。そして4分13秒頃、それまでのシンセの音が途切れ、重低音のベース音が無機質な空間を醸成する。ここがまさに人間の知力を超えるコンピュータが誕生する瞬間だ。

 これ以降4曲目まで(先ほどの区分でいう前編)は、まさにそんなコンピュータが支配的となった無機質な世界が繰り広げられる。特に4曲目"Everything Connected"というタイトルは非常に示唆的で、コンピュータによって「すべてが接続される」状況を示唆している。

 一方で5曲目からは人間の物語だ。コンピュータに世界の覇権を奪われた人間が「人間」について改めて考え直す契機となっている"Feel First Life"を経て、Human beings(人類)という表現からもじったと思われる"Luminous Beings"では人間とロボットの共存の道が模索される。そして最終トラック"Recovery"にて、ロボットとの共存の先に人間が人間性を取り戻す=回復することで物語は幕を閉じる…(以上妄想終わり。)

————

  

  技術的特異点の先を、我々はどう生きるか。今やこの問いは、荒唐無稽なものでもSF好きの戯言でもない。まもなく我々が直面するであろうことに関する深刻な問いである。本作はそんな問題を考えるきっかけを与えてくれた。本アルバムは、相反するとされる「自然」と「機械」の調和を通して、「人間」と「機械」のあり方、さらには「人間」と「自然」のあり方を見つめなおす契機となるであろう。

 

※Jon Hopkinsはフジロックへの出演および単独公演の開催が決定しています。彼のライブも要注目。ということで、ではでは。

 

*1:ロンドンの天才プロデューサー Jon Hopkins、新作『Singularity』を 5/4 リリース! | indienative

*2:以下、単に「特異点」と言ってもこちらの「技術的特異点」を指すこととします。

*3:レイ・カーツワイル著、小野木明恵、野中香方子、福田実共訳『ポスト・ヒューマン誕生——コンピュータが人類の知性を超えるとき』NHK出版、2007年

*4:Frey, Carl Benedikt, and Michael A. Osborne. "The future of employment: how susceptible are jobs to computerisation?." Technological Forecasting and Social Change 114 (2017): 254-280.

*5:岡本裕一朗「IT革命は人類に何をもたらすのか」(『いま世界の哲学者が考えていること』)ダイヤモンド社、2016年

*6:妄想とも言う。