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『The Story of O.J.』から考える黒人の権利要求における多様性―Song Review : Jay Z / The Story of O.J.

『The Story of O.J.』から考える黒人の権利要求における多様性

Song Review : Jay Z / The Story of O.J. (2017)

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 さて、6月30日に突如ニューアルバムをリリースし、世界中のシーンの注目を攫ったJay Zの”4:44”。この作品は発売当初は”TIDAL”のみの配信であったため、ここ日本では聴くことができなかったが、7月7日、発売から待つことおよそ待つこと一週間、ついにApple Musicでも解禁され、現在では全曲聴けるように。そんなJay Zの新譜をめぐっては、世界中のリスナーがたくさんの考察を重ねているが、ここではそのアルバムの中でもミュージックビデオが印象的な、”The Story of O.J.”に注目しようと思う。(なんだか最近「である。」口調と「です。ます。」口調が統一しない…今回はである。口調。)

 

 

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この曲でJay Zは以下の印象的で耳に残るChordsから歌い始める。

  Light nigga, dark nigga, faux nigga, real nigga

  Rich nigga, poor nigga, house nigga, field nigga

「黒人」とひとくくりにされてしまう「我々」だが、その実は様々であり、それぞれ一人一人はそれぞれ個性を持っている。このことは、”The Story of O.J.”の主人公であるアメフト選手OJシンプソンの発言であり、本楽曲でも引用されている一言”I’m not black, but O.J.”という言葉からも十分に読み取れる。この発言は、元妻の殺人容疑で起訴されたが無罪になった彼の裁判の判決が、被害者対容疑者の構造から白人対黒人という様相を見せることとなったことに対するものであり、人種問題に発展したことに対する反感を示していると言えるだろう。しかしながら、こういった主張に対するJay Zの返答は、”still nigga”であり、呆れた口調の”okay”である。”黒人をただ「黒人」とひとまとめに扱うんじゃない”、”黒人にも多様性があるんだ”といった主張に対して、Jay Zは”結局黒人は黒人だ”と自嘲的に歌っている。結局、外から見れば、「みんな黒人」であり、そうした他人の思考的枠組みが長年において形成されてきたものであり、そう簡単に解消されるものではない、という点にJay Zは自覚的なのだ。

 Jay Zのこうした態度を別の視点から考えてみよう。ピーターソン*1が言うように、ヒップホップというカルチャーが「アフリカ系アメリカ人」的文化であり、「アフリカ系アメリカ人」と固く結びついたものであるとするならば、ヒップホップは”ブラックの”*2カルチャーである。そんなブラックの文化であるヒップホップにおける白人至上主義に対する主張は、根本的に自らが黒人であることを否定する性質のものではなく、むしろそのアイデンティティーを強調する性質のものである。このことは、同楽曲の上述のChordsでもそうだが、ヒップホップ楽曲の多くで使われる”nigga”という元来差別的であるとされた言葉が、同胞主義の表現として用いられることからも見て取れる。1960年代における民族運動で、「ブラック・パワー」を掲げ、今まで消極的であった存在証明を、誇りをもって表現することを可能にした流れと似ていると言えるだろう。この点で、O.J.の”I’m not black”発言とは少し主張に差異が見られるように見受けられた。

 このように、権利要求の方法として、自らのアイデンティティーを強調する場合やマジョリティーとの権利的平等を望む場合等、様々な形の差別解消への道がある。そして、「黒人」と一言で言ってもその社会的状況は多種多様だ。このJay Zの本楽曲は、そうした黒人の多様性や、差別解消への道が多様であり、その考え方が千差万別であることを示唆してくれた。同楽曲のミュージックビデオにおいて描かれる”バス”や”綿花”や”KKK”等が示すように、黒人は長い間差別の対象にあったが、その差別は未だ根絶してはいない。こうした解消のために何が出来るのか、今一度根本に立ち返って考え直す必要がありそうだ。

 

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*1:リーハイ大学准教授。黒人文学・文化を専門とする。

*2:必ずしもアフリカ系アメリカ人=黒人(ブラック)ではないことに注意が必要。