ゆーすPのインディーロック探訪

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トムヨークと「夢」——Disc Review : Thom Yorke / Anima [Part.2]

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※[Part.1]はこちら

indiemusic.hatenadiary.jp

 

前回記事の続きです。今回は、Animaのプロモーション手法やアルバムタイトルの意味を考察した上で、トムヨークの「夢」に対する関心が何を意味しているのかを考えます。

 

□「ドリームカメラ」は夢を記録する

ニューアルバムAnimaのリリースに先駆け、世界各地で突如"Anima Technologies"の広告が出現、世界の音楽ファンをあっと驚かせた。広告が出現したのは、ロンドンの電車内、新聞”Dallas Observer”の広告欄、ミラノの電話ボックス、そして渋谷のO-East裏である。

下は、ファン撮影によるロンドンの電車広告。

 「Animaはドリーム・カメラを開発しました。この番号に電話もしくはメッセージを送ってください。私たちがあなたの夢を取り戻します」とある。 

渋谷に掲載された広告。

nme-jp.com

「どうして夢は消えてしまうのか? これは昔からよくある話です。私たちは毎晩のように夢の中ではるか彼方の非現実的でおかしな世界を旅しています。しかし、朝になるとその世界の細部を思い出すことができません。ストーリーすら覚えていないこともあります。しかし、これはもう過去の話です。ANIMAは『ドリーム・カメラ』を開発しました。こちらのフリーダイヤルにお問い合わせいただければ、夢を何度も何度もお楽しみいただけます」とある。

また、上記広告には電話番号が掲載されているが、その電話番号にかけると新曲"Not the News”が流れる仕組みになっているという。さらに、”Anima Technologies”のwebサイトも存在するのだが、現在サイトには、「深刻かつ凶悪な非合法活動」を行なったため同サイトは当局によって「奪取」され、すでに営業停止となっていると記されているようだ*1

 

□「ドリームカメラ」が意味するところ

ここまで、Animaのプロモーション手法を概観してきたが、特に注目すべきなのが、「ドリームカメラ」の「夢を思い出させる」という技術であろう。この「夢を思い出させる」という行為は、トムヨークのユングへの関心*2、特にユング夢分析への関心を示しているように思う。夢分析とは、被験者との対話を通じて、夢を鮮明に思い出してもらい、そこから夢がどのような意味を持っているかを分析する手法であるが、この分析プロセスはまさに「ドリームカメラ」の「夢を思い出してもらう」プロセスそのものだ。

その意味で、ユングにとって(というよりフロイト以降の心理学にとって)夢は現実を映し出す鏡であって、一見荒唐無稽に見える夢も、現実と結びついていると考えられている。トムヨークがユングの影響を受けていたとするならば、彼もユング同様、夢を「現実と連続性のあるもの」と捉えていても不思議ではない。

最終的に『ANIMA』という名前になった理由の一つとして、僕が夢というものに魅了されていたということがあると思うんだ。(心理学者の)ユング夢分析に影響を受けたものなんだけどね。それから、僕らはデバイスに言われたことに従うようになり始めていて、振る舞い方まで真似するようになってしまったという現状もある。*3

とすると、Anima Technologiesやドリームカメラといった仕掛けは、「素晴らしい夢をもう一度見ることが出来る素晴らしい機械」としてではなく、「夢分析の手法を暗示するもの」であって「夢と現実は連続性を有している」ということを伝えるためのギミックとして用意されたものなのではないだろうか。

上の引用の二文目で、彼は「デバイス」に従う「我々」の現状に言及しているが、これはおそらくスマホやインターネットの情報に左右される我々の行動を指したものだと考えられる。そして、この「デバイスに支配される我々」という事態を打ち破る可能性を「夢」という現象のうちに見出しているように思う。「夢」というものは決して非現実な怪奇現象ではない。フロイトが主張したように、夢は「抑圧された願望の表現」である。とすると、夢分析を通じて無意識のうちに抑圧されてきた願望を自覚し、「デバイスによる支配」を打ち破り、インターネットによって植え付けられた「願望」ではなく、真の自らの「願望」にたどり着くことが出来る。

トムヨークにとって夢は、そういった可能性を秘めたものとして捉えられているのではないだろうか。現実と隣り合わせにある「夢」は、抑圧されてきた願望を私たちに教えてくれる。とすれば、そこには現代のスマホに支配されている隷属状態を打ち破る可能性が秘められているのだ。

 

□夢、アウラ、ライブ性

では、トムヨークはなぜ、夢への関心を作品という形で昇華するに至ったのか。そこにはまた別の理由があるように思う。

ー複製技術の進歩と「アウラ」の喪失

我々は同じ夢を二度見ることは出来ない。複製技術が進歩し、テレビは録画できるように、音楽は録音できるように、絶景は写真に収めることができるようになった。そうして「二度」楽しめるものが劇的に増加した現代社会において、なかなか「一度しか」体験できないという特徴を有するものは少ない。その意味で、夢というものは、現代社会における一回性の象徴である。夢の体験は、「強烈な一回性」を我々に実感させてくれる。もっとも、トムヨークの言う「ドリームカメラ」があればそれも可能となるかもしれないが。

ヴァルターベンヤミンが『複製技術時代の芸術』で指摘したように、複製技術の進歩は芸術のあり方に大きな影響を与えた。絵画は印刷が可能となり、ルーブル美術館所蔵の絵画を本やインターネット上で気軽に見ることができるようになった。演劇は映画となり、録画という形で定式化された俳優の演技がスクリーンで、DVDで、テレビ上で、何百回も繰り返されるようになった。

何度も繰り返される芸術は、「いま、ここにある」という意味での芸術の唯一無二性(=「アウラ」)を消滅させてしまう。現代に生きる我々は、ルーブルでしか見れなかった絵画に簡単にアクセスすることができるし、30年前に行われた一回限りのライブ映像をDVDやYouTubeで簡単に目にすることができる。そうなってくると、我々の中から芸術というものの一回性は失われてしまう。作品のありがたみは薄れていく。

ー現代音楽シーンにおける「アウラ」と「ライブ性」
このベンヤミンの議論は現代の音楽をめぐる状況にも当てはまる。音楽は録音されCDとなり、「オリジナル音源」として画一化された。何度も気軽に同一の音源を繰り返し聴くことが容易になった。一方で、ライブの場は唯一アウラを感じることのできる場として機能しうる。もちろん、ライブも映像化され、何度も楽しめるようになってきていると言えるかもしれないが、数で言えば映像化されないライブの方が圧倒的に多く、その場でしか、一度しか、体験できない時間を過ごしているという実感は多くの人々の感じるところであろう。また、同じアーティストのライブであっても、時間や場所が違えば、全く別の経験となる。アーティストの演奏の調子が良い悪い、セットリストが違う、といったことに限らず、その時の周りのオーディエンスの状況や野外屋内などのライブ環境、さらにはその時の自分の気分など、アーティストが同じでもライブは一回一回別のものとして存在する。

ーAnimaにおける「ライブ性」

本作Animaは、トムヨーク曰く、その完成までのプロセスにおいてライブというフィルターを通したことが大きかったと語っている*4。本作がライブ性を意識した録音作品であるということは、もしかすると、本作はライブ性を通じて一回性という芸術のアウラを取り戻そうとする試みと言えるのではないだろうか。

ライブ性を強調することで、芸術のアウラを取り戻すことが可能になる。そして夢という存在もアウラと同様に一回性という特徴を有している。トムヨークが生み出した「ドリームカメラ」は夢の一回性ではなく、むしろ夢が「複製可能」となる様を描いているが、「ドリームカメラ」の存在は逆に夢というものが一回しか見れないものなんだ、ということを我々に示しているように思う。

つまり、夢を強調し、「ドリームカメラ」を利用することは逆説的に夢の一回性を強調するためであって、それを作品へ投影することで、一回性というアウラを纏った音楽を志向している、と言えないだろうか。

 

□まとめ

ここまで、Animaの発売過程におけるプロモーションに注目し、そこからトムヨークにとっての夢とは何かを考察してきた。

トムヨークは、本作のプロモーション過程において夢に対する興味を語っているが、なぜ夢に興味を持っているかというと、それは夢が持つ「一回性」という特徴に起因するのではないだろうか、と考えた。つまり夢の一回性を強調するために、「現実ではあり得ない」夢の一回性を破壊するようなアイテムを利用しているのではないか、ということだ。

そして、作品に一回性の象徴たる夢を投影し、さらに「ライブ性」に重きを置いて作品を作り上げることで、Animaというアルバムの一回性を強調しているのではないだろうか。Animaが一回性を打ち破り、「いま、ここにある」という意味での作品の真正性=「アウラ」を回復することが可能となるのではないだろうか。

 

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ということで、Part. 2でした。次回Part. 3で完結です。