ゆーすPのインディーロック探訪

とあるPのインディーロック紹介ブログ。インディーからオルタナ、エレクトロ、ヒップホップまで。

社会に立ち向かう個人ーDisc Review : tofubeats / RUN

社会に立ち向かう個人

Disc Review : tofubeats / RUN (2018)

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こんなにたくさんいるのに  たった一人走るとき

アルバムのオープニングを飾るタイトルトラック”RUN”のこの一節は、本作を象徴するフレーズだ。一年半ぶりのフルアルバムとなった本作”RUN”は、現代社会を生きる個人に焦点を当てたものとなった。

 

前作”FANTASY CLUB”における中心的なテーマは、”ポストトゥルース”であった。それは「都合の悪い真実」よりも「都合の良い嘘」を信じてしまう社会のあり方に対する警笛として叫ばれたフレーズであり、前作はそんな社会のあり方に対する漠然とした不安感を形にしたものであった。

何がリアル何がリアルじゃないか  そんなことだけで面白いか

Tr2”SHOPPINGMALL (FOR FANTASY CLUB”のこの一節が示しているのは、ポストトゥルース時代における個々人の代表的なあり方だ。客観的な真実から距離を取り、主観的にどう思うかを一番に重視する、従って、ポストトゥルース的な真実との付き合い方が表現されている。

 

一方、本作"RUN”において焦点が当てられているのは、ポストトゥルース社会を生きる個人一人一人であり、その点から前作が社会にフォーカスした作品であったこととは対照的だ。

それは、本作がゲストボーカルなしの純粋な客演のいないソロ作品であることに如実に現れているが、さらに彼が本作の制作にあたって『ニュータウンの社会史』*1に大きな影響を受けていると話していることからもうかがえる。

ニュータウンの社会史』になぜ感動したかというと、悪くなっていく社会を立て直していくために、一般市民たちが能動的に動き、持っている知恵を使って動いてきた歴史が綴られていたからなので。

ポストトゥルース」って、要するに一般の人たちのことをバカにしているからこそ出てきた言葉じゃないですか。でも、『ニュータウンの社会史』に綴られている市民たちの姿は、決してそういうものではなかったんですよね。

それに、僕自身、「ポストトゥルース」という言葉はキャッチーだから使っていたけど、さっきのニュータウンの話と同じように、なんでも「ポストトゥルース」のせいにしすぎたなっていう反省もあるんですよ。自分のような平成生まれは、何事も時代のせいにしすぎていたんじゃないか? っていう。*2

彼がここで述べているように、社会や時代、そしてその潮流というものは非常に力強く、我々一人一人の生を根本的に規定しているのだ、という考えは確かに我々の間に広く存在している。先に社会が当たり前のように存在していて、そこに自分は限られた人生を生きるのであると。こんな世の中になってしまったのも「社会」のせいだと。

しかし、その社会の中に生きるのは他でもない、私たち個人である。上のtofubeatsのインタビューを読んで、私は昨年末に読んだ『うしろめたさの人類学』*3を思い出した。この本は、エチオピアのフィールドワークを通じて、市場、国家、社会といった大きなシステムを前に、個々人がいかにして向き合うことが可能かを模索したものである。

世の中どこかおかしい。なんだか窮屈だ。そう感じる人は多いと思う。でも、どうしたらなにかが変わるのか、どこから手をつけたらいいのか、さっぱりわからない。国家とか、市場とか、巨大なシステムを前に、ただ立ちつくすしかないのか。——(中略)——この本では、ぼくらの生きる世界がどうやって成り立っているのか、その見取り図を描きながら、その「もやもや」に向き合ってみようと思う。*4

現代社会において市場、国家、社会というシステムはあまりに巨大で、結果的に様々な出来事の原因をこれらの大きなシステムに帰すような考え方が生じてしまう。この本は、そうしたシステムを変える隙間やズレとして「贈与」などの当たり前に対抗するあり方を持ち出して、個人の行動にも大きなシステムを変える力があることを示唆している。

社会に対する違和感や漠然とした不安を"FANTASY CLUB"で表現した彼は、この"RUN"で、そうした社会のあり方に個々人としていかにして向き合い、それを克服していくことができるかを模索している。この姿勢は、まさに上で引用した松村氏の取り組みと符合する。これに関連して、リオタールの言うような「大きな物語」に回収されえない「小さな物語」の可能性への模索が近年様々なところで注目され始めている。

ふめつのこころはLOVE LOVE LOVE

"ふめつのこころ"で彼は繰り返し愛を歌う。社会に回収され得ない「愛」という感情もまた、個々人が持つ力に他ならない。tofubeatusの本作が提示しているのは、「社会」に対する個人の可能性である。社会というシステムは確かに大きくて手ごわい。しかしながら、私もまたその社会の一員でもある。現在、『君たちはどう生きるか』が爆発的なヒットを記録している。そんな2018年に個人のあり方を見つめ直すことは非常に意義のあることではないだろうか。

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ということで、、、お久しぶりです。

私事で恐縮ですが、最近なかなか時間がなくて更新ができませんでした…

更新が滞ってしまい申し訳なかったです。

私がブログを更新していない間にも、Vince Staples、J Cole、BROCKHAMPTON、くるり等様々な注目アーティストの新譜がリリースされていまして…少しずつこれらの作品のレビューを書いていけたらと思っております。

 

ではでは、できればまた近いうちに(笑)

*1:金子淳, 2017,『ニュータウンの社会史』青弓社

*2:tofubeatsが「他人任せ」から「自分でやる」に変わったこの3年 - インタビュー : CINRA.NET

*3:松村圭一郎, 2017, 『うしろめたさの人類学』ミシマ社

*4:「はじめに」『うしろめたさの人類学』より