ゆーすPのインディーロック探訪

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誰が為の、何の為の音楽かーLive Report : Chance the Rapper @SUMMER SONIC2018 8/19

誰が為の、何の為の音楽か

ライブレポート : Chance the Rapper @SUMMER SONIC 8/19

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・音楽には力がある?

音楽には力があるーー古来、多くのミュージシャンが音楽の持つ力を信じて、たくさんの曲を作ってきた。実際に、私たちは音楽を聴いて辛い日々を乗り越える糧としたり、退屈な日々に彩りを加えるスパイスとして音楽を楽しんだりしている。音楽のおかげで頑張れた、といった経験をした人は決して少なくないだろう。

心理学的にも好きな音楽を聴くことのメリットは証明されており、音楽を聴くことで快楽物質のドーパミンが放出されることや、集団で同じ音楽を聴くことでその集団のアイデンティティが形成され人と人とを結びつけることに繋がるということが実際の研究で明らかにされている*1

一方で、時に音楽は無力である。2011年に突如として発生した東日本大震災。音楽は、崩れ落ちる瓦礫を止めることも出来なかったし、襲い来る津波をどうにかすることも出来なかった。また、ミュージシャンが平和への願いをいくら歌ったところで、世界中で発生している紛争は決して終わることはない。
これに加えて、音楽は「必要」から離れたところにあるべきだという議論も根強い。万学の祖とされるアリストテレスは、音楽を遊戯や休息としてのみ役立つものである、と定義しており、音楽は日常の必要と離れているからこそ音楽たりうるということを主張している*2

 

・ チャンスザラッパーと音楽の力

シカゴ出身のチャンスザラッパーは、音楽を通してシカゴを変えるべく実際に様々な社会貢献活動を行ってきた。シカゴの公立高校に一億円を寄付したり、大統領選時に投票率向上のための無料コンサートを開いたり、 全米黒人地位向上協会と協力し自身のツアー参加者に有権者登録できるブースを提供するなど、そんな彼の社会貢献活動には目を見張るものがある。

確かにチャンスの音楽はシカゴを変えた。しかしながら、アメリカの現実はあまりにも非情だ。トランプが当選し、排外的な主張が日々跋扈し、銃殺事件も相次いでいる。チャンスの平和への願いは、こうして出来事の前では、無力であった。

 

サマーソニックに降り立った「希望」の伝道師

そんなチャンスが初めて日本で公演を行った。盛り上がりに欠けるのではないかという懸念は全くの杞憂だった。一曲目Mixtapeがスタジアムに鳴り響くと、大きな歓声がチャンスを迎え、オーディエンスのボルテージは一気に最高潮に達した。

そこからはもう一瞬の出来事だった。 Blessings、Angelsといった鉄板ナンバーに始まり、65th & Ingleside、Work Outといった新曲(さらにはReeseynemを迎えての出来立てホヤホヤの新曲What's the Hookまでも披露)やフィーチャリング曲にして大ヒットシングルI'm the Oneがドロップされた。

しかし、何と言っても眉唾はその後のAll We Got〜No Problemの流れだろう。All We Gotでは日本の国旗がバックスクリーンに映し出され、チャンスは繰り返し「音楽が僕らの全て」だと強く我々に訴えかけた。某メジャーレーベルをUNDIVERSEと皮肉り、その後にグラミー賞のロゴの映像に切り替わる痛快なVJが象徴的なNo Problemの5分間は、チャンス自らのここまでの歩みを総括するような、チャンスの生き様が凝縮されたかのような瞬間だった。

ライブ終盤のSummer Friends、Same Drugsは、日が沈んでゆくロケーションにぴったりのメロウなナンバーだった。オーディエンスは合唱し、スマホのライトを振り、チャンスの全身全霊のパフォーマンスに応えようとする。それに対してチャンスは感情的に手を叩いたり、何度も頷いたりを繰り返していた。

アンコールでチャンスはBlessing(Reprise)を披露し、「ショーを始める準備はいいか?」と叫んだ。そして"Are you ready for your blessings?"のフレーズがスタジアムに響き渡る。チャンスとゴスペルと福音、これらが極上の祝祭的空間を生み出していた。

 

・夢見人に祝福あれ

サマソニの初日のラスト、ノエルは「愛こそが全て」だと歌った。そして2日目、チャンスは「音楽こそが全て」だと歌った。この両者のメッセージは、ごくありきたりで当たり前に思われるかもしれない。これらは言ってしまえば、手垢の付いた表現だ。

では、そんな当たり前の表現がなぜこんなにも胸に刺さるのだろうか。なぜこんなにも人々を惹きつけるのだろうか。なぜかって、それは、そんな当たり前が、この現代社会において当たり前では無くなっているからではないだろうか。確かにこの世の中で、愛こそが大切なのだと、音楽には世界を変える力があると、信じることは簡単なことではない。そんなことばかり語っていると、理想主義だの何だの言われて「現実を見ろ」なんて説教されるのがオチであろう。

そんな世の中で、チャンスの音楽は、理想を信じる人たちの背中をそっと支えてくれる。希望と夢を求める人たちに勇気を与えてくれる。グラミー賞を変え、音楽シーンを変えた彼の心からのパフォーマンスには、それだけのことを信じさせてくれる説得力がある。チャンスのパフォーマンスは、音楽には確かに力があるということを確信させてくれた。「音楽がすべて」と歌い続け、実際に音楽シーンを、社会を変えてきたチャンスザラッパー。彼のこれからの音楽活動、さらには社会活動から目が離せない。

 

 

ということで、チャンスザラッパー@サマソニのライブレポです。とりあえずサマソニの内でチャンスのだけ抜粋で先にあげようと思っていたら、一週間以上が経ってしまった…遅筆の自分を呪う…ということで、そのうちサマソニ&ソニマニの全体レポを上げたいと思ってます。9月中には何とか…

 

ではでは。