ゆーすPのインディーロック探訪

とあるPのインディーロック紹介ブログ。インディーからオルタナ、エレクトロ、ヒップホップまで。

優しくて暖かい、愛の歌ーDisc Review : 豊崎愛生 / Love letters

優しくて暖かい、愛の歌
Disc Review : 豊崎愛生 / Love letters (2013)

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 昨晩、ツイッターのトレンドに懐かしい人物の名前が。はい、そうです。豊崎愛生さんです。この度ご結婚を発表されたのことで、ツイッターではその話題で持ちきりでした笑。しかしながら、彼女の紹介で言及されるのは「けいおん」の声優であることと「スフィア」のメンバーであることばかりで、あまり彼女のソロアーティストとしての音楽活動には言及されていませんでした。素晴らしいソロ作品が多いのにそれらスルーするのは非常に勿体無い!と言うことで、今日はそんな彼女のアルバムから。ちょっと昔の作品ですが、そんな彼女の2ndアルバム"Love letters"を紹介します。

 

・「声優歌手」にまつわるイメージ

 恐らく、「声優」がアーティストとしてCDを売り出すのには抵抗がある人が多いのではないのでしょうか。

 

「なんで声優が歌手やってるの?」

「一種の金稼ぎ?」

「どうせ声優の歌う音楽なんて薄っぺらいんでしょ?」

 

こんなイメージを持ってる方は非常に多いと思います。実を言えば私も以前はこう言ったイメージを持っていました。ちなみに声優と同様のこうした偏見が顕著だった「アイドル」は、近年やっとそのアーティスティックな価値を認められるようになってきました。ただの商業音楽にとどまらないクリエイティブな楽曲を志向するアイドルグループが数多く生まれたこと、そして多くの音楽評論家や音楽ブロガーによって年間ベストの上位にそうしたアーティスト("ゆるめるモ!"や"3776"等)の作品がランク付けられたこと、これらは2010年代中盤以降の音楽シーンに大きな衝撃を与えました。

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こちらはBEAMSが40周年を記念して東京のファッション・音楽文化の1976年から2016年までの変遷を「今夜はブギーバック」にのせて見事に5分でまとめ上げた作品。注目は4:02からの2010年~2012年のカット。ここでフューチャーされているのは「アイドル」であり、実際に「チームしゃちほこ」が出演しています。ちなみに2013年からはtofubeats、2015年からはSuchmosをフューチャー。

 しかしながら声優となるとその偏見を超えるハードルはちょっと高いようで。こうした状況は、多くのメディアがその「オタク」的側面を面白おかしく報じていることも一因ですが、実際に声優にまつわるオタク的な側面がかなり多いことも確かです。こうした側面を否定することはできません。しかしながら、ここ2、3年アイドルが上述のように、激しい生存競争の中で音楽的質を飛躍的に高めてきたのと同様に、声優にもこうした傾向が認められるんじゃないかと思うのです。確かにオタク的で耳に合わない作品が多いかもしれません。だからと言って、声優だから、アイドルだからという理由だけでそれら全てを聴かないのは非常にもったいない。それらの中に自分好みの音楽が隠れているかもしれません。そして私は、そんな偏見を解きほぐす「カギ」がこの"Love letters"にはあるんじゃないかと思っています。

 

・音楽的懐の広さと深さ

 さて、前置きが長くなりましたが笑、アルバムの紹介に移りましょう。豊崎愛生の特徴といったらやはりその柔らかくて優しい声。本作は、そんな柔らかい声によって彩られる優しくて暖かい雰囲気に包まれています。アルバムのタイトルが"Love letters"であることからわかるように、本作のテーマは「愛」と「伝えること」。この「愛」は様々な解釈が出来ますし、実際彼女が意図した「愛」の対象は様々だと思います。しかし私はそんなたくさんの「愛」の対象の中でも、「音楽への愛」を強く感じるのです。

  2曲目"music"はクラムボンのミトが作曲を担当したナンバー。アコースティックギターの音と跳ねる鍵盤のリズムが軽快なテンポを演出するポップな一曲になっています。続く安藤裕子が作詞作曲を担当した3曲目"CHEEKY"は、安藤裕子ならではの美しくしっとりとしたメロディが寂しさや悲しさを歌う歌詞とうまく合わさった一曲。さらに、「パタパ」というフレーズを繰り返す印象的なイントロから始まるたむらばんが手掛けたポップなナンバー"パタパ"、囁くようなエコーがかったヴォーカルが本作内では異質な"LiLi A LiLi"と続いて、アルバムは8曲目"シロツメクサ"で一つのハイライトを迎えます。"羊毛とおはな"というアコースティックデュオが手掛けた同曲は、ノスタルジックなメロディと優しい歌声が印象的な一曲です。sasakure.UKが作詞作曲を担当した"フリップ フロップ"は、彼の寓話的世界観を色濃く反映したトイポップ的なナンバー。続く"オリオンとスパンコール"については、

 もう少し自分が普段聴いている音楽のほうに寄せてアイデアを出してみようかなあって。自分のルーツ的なものを考えてみたときに、60年代、70年代の音楽を聴いていることが多かったんですよ。もともとドクター・フィールグッドが大好きで、そこからソニックスが好きになったり、普段は初期の頃のトム・ウェイツさんのアルバムを聴いていたり。お父さん世代というか、泥っぽい感じというか(笑)。好きな要素をいっぱい混ぜて作ったのがこの曲です*1

 と彼女が話しているように、オールドロック的な、彼女が普段よく聴いている音楽の要素がふんだんに詰まったナンバー。"true blue"は、彼女が大ファンだというハナレグミ永積タカシが作曲を担当したしっとりとしたバラード。そしてバンジョーの音が印象的なラストトラック"letter writer"はなんとUNISON SQUARE GARDEN田淵智也が手掛けた一曲となっており、個人的にはカントリー調の曲を田淵が書くということにちょっと驚きました。

 クラムボンハナレグミCharaやたむらばん等、様々なアーティストを集結して完成させた本作には、彼女の深い音楽への愛が表現されています。日本の音楽界をけん引してきた彼らのエッセンスを軸に、そんな中で自分の音楽的な造詣を取り入れることにも挑戦した本作は、「声優」という枠組みをはるかに超えた、声優ファンだけにしか聞かれないのは非常に勿体ない作品です。くるりキリンジハナレグミといった日本のソフトロック的なインディーの空気をポップに、カラフルに再解釈した、とは言いすぎでしょうが、私は本作がそういった文脈で聴かれうる可能性を秘めているのでは…と思っています。気になった方はぜひ。