ゆーすPのインディーロック探訪

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ロック復権をかけたQOTSAと僕らの野望ーDisc Review : Queens of the Stone Age / Villains

ロック復権をかけたQOTSAと僕らの野望
Disc Review : Queens of the Stone Age / Villains (2017)

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 今年頭、フジロックの出演アーティストが発表された際、その出演決定に驚いたアクトの一つがQueens of the Stone Age(以下QOTSA)でした。それもそのはず。QOTSAといって思い出されるのは幾度もなく繰り返されて来たライブキャンセルの記憶。そんなファンの皆さまがたのトラウマからか、「果たしてQOTSAが本当に来日するのか」という話題はよく話に上がりツイッターなどでもよくネタにされ、その盛り上がり?は洋楽界隈では今年上半期最高値を記録したのではないかと思ってしまうほどでした。

 しかしながらそんな我々の不安を杞憂にしてくれた彼ら。フジロックでは見事なパフォーマンスを披露してくれたようです。そしてフジロック出演前のライブキャンセラーとしての(愛のある)ネタ扱いは180度変化。ネットにはライブを絶賛する声が溢れていました。そんな中でリリースされた今作は評判が良く日本での売り上げも好調、というように今間違いなく日本ではQOTSAに追い風が吹いています。

 この環境の変わりっぷり。この変化のトリガーとなったのがフジロックでのパフォーマンスであることには間違いないですが、絶賛の声をよく聞くこの新譜もこうした変化に一役買っていると言えるでしょう。今回はそんな自身を取り巻く日本の状況を変えた彼らの新譜"Villains"についてレビューします。

 

 ・引き継がれるロックスピリット

 QOTSAというと、ハードロックやオルタナティブロックを土台に、フロントマン、ジョシュ・オムの二つのバックグラウンド、一つがその前身バンドKyussで培ったストーナーロックの影響、もう一つが彼の生まれ育ったメキシコ・ラテン語圏の影響、この二つを音楽に反映させながら、様々なメンバーとともに、いくつもの傑作を生みだしてきた。特にデイブ・グローグ参加の2002年発表の3rdアルバム"Songs for the Deaf"は全世界で100万枚以上の売り上げを獲得し、世界的な人気を獲得。そんなデイブの復帰作となった前作"...Like Clockwork"はグラミー賞の最優秀ロック・アルバム賞を獲得し、ビルボード一位となった。

 そんな彼らが4年ぶりに発表した"Villains"で射程にしたのは踊れる「ダンス」ミュージック。Mark Ronsonをプロデューサーに据えたダンサンブルな楽曲として、"The Way You Used To"なんかは象徴的な楽曲として挙げられよう。

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アルバムからの1stシングル"The Way You Used To"。軽やかでダンサンブルなギターとジョシュのダークなヴォーカルが見事にマッチ。

 しかしながらその根底にあるのはあくまでもロックのスピリットであることは忘れてはならない。ジョシュ・オムは昨年リリースされたイギー・ポップの作品"Post Pop Depression"の制作に携わっているが、その際にジョシュはインタビューで以下のように述べている。

イギーはロックンロールを体現できるフロントマンとして唯一にして偉大な好例だよね。 彼と一緒にやることでロックンロールに対する信念を取り戻し、何が何でも我が道を突き進もうって気になるんだ。*1

このように、パンク界のゴッドファーザーであるイギーとのコラボはジョシュにロックンロールスピリットを取り返させたようで、前作よりもジョシュ・オムの存在感が強く感じられるのにはこの影響があるんじゃないかと。このことはレコーディング・エンジニアにアラン・モロウダーというオルタナ畑の人物を起用したことからも表れている。さらには彼らに大きな影響を受けたArctic Monkeysが最新作"AM"でブリットポップからUSロックへの劇的な変化を遂げたことに象徴的なように、QOTSAがUSロック界の重鎮として果たしている役割も忘れてはいけない。

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アルバムのオープニングトラックである"Feet Don't Fail Me"。QOTSAのダークで不穏な世界観がダンサンブルなリズムと絶妙に溶け合っている。

 

・日本とQOTSA

 さらに注目したいのは日本におけるQOTSAの注目度の変化である。フジロックで見事に14年ぶりの来日を果たした彼らのパフォーマンスを私は残念ながら観れていないのだが、ゴリラズの裏ながら熱狂的な多くのファンが集まりライブは盛況、(たしか)ジョシュの妻が舞台袖からライブ映像を撮影したものがインスタグラムにあげられていたのを見たのだが、"No One Knows"のリフの合唱が見事に決まっていた。

 "Villains"のCDの売り上げも好調で、オリコンのデイリーチャートでなんと最高位4位を獲得した。この売り上げには、国内版のCD価格が2100円くらいで比較的安かったこと、タワレコなどのCDショップも音楽メディアも軒並み同作をプッシュしていたことなどが要因として上げられるだろう。

 

―ではなぜ"Villains"なのか。なぜ"Villains"がここまでの注目を浴びることとなったのか。

 
・対立する普遍と特殊

 現在世界中でヒップホップ・R&Bが売り上げを伸ばしそのヘゲモニーを獲得している中で、日本ではどうもヒップホップの普及が上手くいっていない。もちろんBAD HOPやJP THE WAVYといったUSヒップホップの今を伝えてくれる日本人ラッパーも誕生してきている。しかしながらケンドリックやウィークエンド、ドレイクの知名度が諸外国と比べて圧倒的に低いこと、彼らの来日が中々実現していないことも事実である。それ故に音楽評論家はここぞとばかりに日本の音楽シーンが後進的であると批判するし、日本の音楽には明るい未来はない、つまりは「クソ」だ、とまで簡単に言い切ってしまう。そう言いたくなる気持ちもわかる。私もチャンスとかVince StaplesとかASAP Rockyとか、来日して欲しくてたまらないラッパーを挙げたらきりがないし、諸外国との知名度のギャップに辟易することもある。しかし、そう簡単にクソだと切り捨てることに意味はあるのだろうか。

 

 音楽は芸術である。故に、芸術の善し悪しの決定には主観が強く影響する。そもそも芸術において絶対性などは存在しない。そう考えると、現在のヒップホップこそが至高でロックは終わったと、簡単には言いきることは果たして妥当だろうか。私達リスナーは皆違った一人の人間であり、皆違ったバックグラウンドを持っていて、世界観、思想、信条は皆それぞれに異なる。確かに英語がわかり、アメリカの社会的、歴史的バックグラウンドをよく知っている人にとってみればヒップホップは良いかもしれない。しかし英語がわからないとなると、ヒップホップの魅力は恐らく半減する。もちろんそうじゃないヒップホップもある。トラック重視のラッパーもいる。しかし、ラップという方法が「言語」という要素に寄りかかっている部分が多いということもまた見逃すことはできない。

 

 しかしながら、また一方で、音楽に人気を獲得し歴史に残る良いものとそうでないものがあるのも事実である。そうでなければ、これだけの人気をヒップホップがなぜ得ることができたのかを説明できない。今の時代に、より多くの人に、最大公約数的に訴えかけることに成功しているのは、紛れもなくヒップホップなのである。皆それぞれに違った個人だとはいっても、我々は一つの世界に生きており、完全に孤独ではあり得ない。家族と生き、隣人と生き、社会と、世界と生きている。そうした中で集団の社会的状況を体現している音楽がヒップホップで、だからこれだけの世界的潮流となっているのである。

 

・対立から相克への道しるべ

 「世界的潮流」のヒップホップが日本で上手く行かなかったのには恐らく、こうした社会的、地理的、思想的、様々なバックグラウンドが強く関係している。だから、「世界的潮流」だから我々はヒップホップを受け入れるのではない。あくまでもその音楽が「良いものだ」と思うからみんなに知ってもらおうと、多くの人に聞いてもらおうと思うのである。 

 おっと、話が大きくQOTSAから逸れてしまった。

 "Villains"は、ちょっぴりそんな世界のトレンドの影響も受けながらも、ロック然とした態度が根底にある。そんな"Villains"という作品を僕らリスナーが熱心に曲を聴き評価し広めようと思い、音楽業界がそれに呼応してそのものの良さを伝えるために奔走し、より多くの人の耳へと伝わっていく。そんな一連のプロセスが14年間来日していなかったQOTSAに起きたということは、皮肉にも思えるが、プラスに考えればこれまでにない最高の挑戦である。この挑戦の成功によって、この日本の音楽の未来がより明るくなることをー「流行り」の音楽ではなく「良い」音楽を求める人が増えることを、私は願ってやまない。