ゆーすPのインディーロック探訪

とあるPのインディーロック紹介ブログ。インディーからオルタナ、エレクトロ、ヒップホップまで。

Radiohead "OK Computer"再考ーDisc Review : Radiohead / OK Computer

Radiohead "OK Computer"再考
Disc Review : Radiohead / OK Computer (1997) 

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    20周年を迎えてリイシューされたあの名盤をちょっと言語化しておこうと思ったらなんだか長ったらしく大仰になってしまいました(笑)、個人的に思い入れのあるアルバムをレビューするのって中々難しいですね。どうしたって偏愛になってしまいます(笑)。そしてほかのレディオヘッドの作品についても書きたいところですが、ただのレディへオタクだとばれてしまうので控えておきます(笑)。ではでは。

 

 確かに10代という多感な若い頃に聴いた音楽というのは、一生心に残るのかもしれない。その意味で、そんな多感な時期にレディオヘッドの作品を聴くことが出来た自分は幸運だと思っていた。あの頃レディオヘッドに出会っていなかったら、今の音楽に傾倒する自分がいただろうか。20代になってからOK Computerを聴いて、あれだけの感動を得ることができただろうか。私は自信を持って、そうだ、と答えることが出来ない。レディオヘッドがこんなにも私に影響を与えることが出来たのは、まだ自分が未熟で、自己形成の過程にあった時期に彼らに出会ったからなのは間違いない。しかし、その出会いが、レディオヘッドが、果たして自分の人生を、"良い意味で"変えてくれたのだろうか。ずっと、このことに自信がなかった。自分の閉塞的でクソみたいな性格がレディオヘッドに傾倒することでよりひどくなったんじゃないか、もっと言うとレディオヘッドが俺の性格を捻じ曲げたんじゃないか、とさえ当時は思っていたこともあった。今思えば本当に馬鹿げたことだ。しかし、彼らの音楽にはそれだけのことを私に思い込ませるほど強さがあったのだ。

  

 レディオヘッドはあの"Creep"で、"僕はウジ虫で奇妙な奴なんだ"と歌った。それは疎外された社会に馴染めない孤独な僕たちの歌であった。そしてこの"OK Computer"にも、そんな孤独な僕たちの歌であるという側面はある。だから、さっき言ったように、「レディオヘッドを聴いた結果社会に馴染めなくなる」のではない。あくまでも「元々社会に馴染めない奴がレディオヘッドに強く惹かれる」のである。しかし、"The Bends"以降、もっと言うと"OK Computer"以降のレディオヘッドに、こうした感情的次元における孤立性や疎外感だけを特徴として抽出することは、まさにみなさんご存知の通り、誤りである。彼らはサウンド面で爆発的な進化を遂げ、結局"Kid A"という、"人間が作り出したものとは思えない"と評されるまでのアルバムを生み出すまでに至るのである。実際に"OK Computer"や"Kid A"は、歴史的名盤と持て囃され、その影響力は音楽界を変えてしまう程のものであった。しかしこのサウンド面の変化は、孤立性や疎外感と表裏一体であった。レディオヘッドが進化を遂げれば遂げるほど、そのサウンドは独創的なものとなり病的なまでの強烈な閉塞的で彩られていくようになる。その点でレディオヘッドはまさに"それ自体"が病的なまでの閉塞主義を携えるようになるのだ。

 

 ここで紹介するのは3rdアルバム"OK Computer"なので、この先トムヨークがいかに鬱病に苦しみ、そしてバンドが終わりかけたかといった話は他に譲ることとするが、ここで問題としたいのが、そんな閉塞的なレディオヘッドの大衆性である。この一見相反する事態は、レディオヘッドを、トムヨークを、苦しめる大きな要因であったのだが、レディオヘッドを理解する上では避けては通れない点である。そこに、レディオヘッドがただの孤独や疎外感を伸長させるだけの存在ではないというヒントがある。このレディオヘッドに同居するこの閉塞的で独創的世界観とポップネスという相反する二つの要素が共存している事態こそが、彼らを世界的バンドに押し上げた要因であったのだ。  

    では具体的に、"OK Computer"の話へと駒を進めよう。彼らにとって3rdアルバムとなる本作は、1995年リリースの"The Bends"以来、約2年ぶりのアルバムである。1stアルバムにおけるグランジ的な要素は一切影を潜め、2ndアルバムで彼らは”Creep”を完全に捨て去り、グランジでもない、ブリットポップでもないまったく新しいロックの形を生み出そうとした。それは、同アルバムの冒頭を飾った”Planet Telex”のトレモロがかかったギターのオープニングにして明らかであった。こうしてレディオヘッドはまさに「2枚目のファーストアルバム」*1を見事完成させ、現在にまで続くレディオヘッドのロックに対する精神の基盤をもたらした。そんなレディオヘッドは”OK Computer”で、一つの到達点にたどり着いた。あまりにも衝撃的な到達点に。時代の音であったエレクトロミュージックを大胆に取り入れ、中期ビートルズからマイルス・デイビスにDJシャドウ、さらには現代音楽と、際限ないインスピレーションを携え、どこまでも作りこまれたアレンジと恐るべきほどの音の多様性―まさに「未踏の地に足を踏み入れた感覚」との評*2は言い得て妙で、まさに”OK Computer”はパラダイム・シフトを引き起こしてしまった。

    このテクノロジーやそれに伴う移動・スピードの変化をテーマにしたこの”OK Computer”は、そのリリース年であった1997年の、まさに世紀末の雰囲気と相まってなんとも漠然とした不穏感を醸し出していた。情報テクノロジーの浸透とそれに伴う好奇心と不安、”OK Computer”はまさにそんな時代性を映し出したタイトルと言えよう。トムヨークが「テクノロジーをたたえるアルバムでは全くない、逆に監視カメラの怖さも歌っているんだ。…(中略)…個人のデータベースも管理されて、自分の個人情報を自分で管理する権利のない世界…」*3とインタビューで語っているように、このアルバムで歌われているのは、テクノロジーの負の側面である。イギリスという国が世界的に最も監視カメラの設置が進んだ国であるということをご存知の方は多いだろうが、2014年時点でなんと590万台(人口11人に1人)で世界最多とされている*4。同国において、1990年代前半に防犯カメラの設置が始められたが、当初設置をめぐる議論は、基本的人権、個人のプライバシーを侵害するものとして反対の声が多かった。それが1993年のジェイムス・バルガー事件を契機に、防犯カメラの重要性を確認する形で、国民の間に広く認められるようになったという経緯があるそうだ*5。トムヨークが「監視カメラの怖さ」を歌ったことはまさにこうした社会的背景と合致していると言えるだろう。移動やスピードに関してもトムヨークは「飛行機は二酸化炭素を出すから嫌いだ」と言い、日本に行くときはシベリア鉄道で行く、と発言していたこともあった*6。彼らの移動続きのツアーに対する疲労感と混乱が影響しているのは確かだが、”The Tourist”での”Hey man, slow down. Idiot, slow down.”という一節が語り掛けるのは、飛行機や新幹線が普及し一般的になったことで、より短い時間で移動ができることになったことを無批判にありがたがることに対する痛烈な皮肉である。飛行機が「二酸化炭素を出すから」嫌いなのかどうか、トムヨークが本心のところどうであったか何とも言えないが、一般的にはこうした交通手段の発展が時間の価値の向上に寄与したとされるのに対して、こうした時間価値の変化がより富めるものと貧しいものの差別を助長するというところに警笛を鳴らしている。また、彼はのちに”Hail To the Thief”(2005)において、グローバリズムに対する警戒感を表明するのだが、そのグローバリズムを助長する一要因として交通手段の発展が挙げられる、とすると、後の彼らのグローバリズム批判の源流がここにあると言うことが出来る。

    彼らは、音楽面ではトリップホップやエレクトロといった未来志向のサウンド・テクノロジーを取り入れながら、一方でテクノロジーや交通手段の発達に対する警戒感を露わにし世界の不可逆的な技術革新に警笛を鳴らすのである。このテクノロジーに関する矛盾は、前述のレディオヘッドの閉塞性と大衆性という相反する二つの面に通ずる部分が少なからず存在する。閉塞性とテクノロジー批判、大衆性とテクノロジーの採用、をそれぞれ結びつけて捉えることは、確かに単純化しすぎている面もあるかもしれないが、監視カメラの普及や交通手段の発達といったテクノロジー批判があくまでも時代的なものであったことを踏まえると、未来志向でともすれば超越的な音に彩られたアルバムが世界で850万枚以上を売り上げることができた理由をそこに見出すことができるのではないだろうか。

 

    ここまで"OK Computer"に通底するテーマについて中心に書いてきたが、ここからはアルバム収録曲を一曲ずつ順に見ていきたいと思う。そうすることで、上で見てきたアルバムを通底するテーマがいかに反映されているのか、具体的に考えてみたい。

 

1. Airbag

この曲は"The Bends"期には"An Airbag Saved My Life"と言うタイトルで原型が出来ており、何度かアンプラグドギグで演奏されていたようである*7。このオープニングトラックはイントロのジョニーの弦楽的で壮大なリフに始まり、トリップホップの影響を受けたドラミング、さらに中東音階を利用したメロディー、と複雑多様なサウンドを駆使しておりまさに"OK Computer"の方向性を表す曲と言えよう。一方でその歌詞に目を転じると、「事故にあったけどエアバッグに命を救われた」という非常に皮肉的なポジティブさが歌われており、いかにもトムヨークらしいユーモアセンスが溢れている。この車のエアバッグとはまさに現代の国家や企業が人々に押し付ける安全や利便性を象徴するものの一つであり、繰り返される”I am born again”というフレーズが、まさに社会によって「生かされている」という恐怖の感覚を涵養させる。

 

2. Paranoid Android

The Beatlesの”Happiness is a Warm Gun”から着想を得た本楽曲は、4部構成という複雑な曲構成を取り転調を繰り返しながら進行し、”God loves his children”というこれまたシニカルなオチで幕を閉じる。プログレ的な作りが特徴的なこの曲は彼らの音楽的挑戦と独創性をリスナーに強烈に印象付ける曲となった。ちなみにローリング・ストーン誌の「The Rolling Stone 500 Greatest Songs of All Time」*8では256位となっており、同ランキングにランクインしたレディオヘッドの楽曲の中では最上位であり、非常に高い評価・人気を誇っている。制作過程についてはトム以外のメンバーがほとんどをまとめた数少ないナンバーであり、”Kid A”以降のバンドにおけるトムの一種の独裁体制の溶解をもたらすきっかけとなった*9

 

3. Subterranean Homesick Alien

“up above aliens hover making home movies for the folks back home”という一節が印象的なこの楽曲は、「自分がほかの惑星から来たエイリアンだったとしたら地球を見てどう思うか」という観点で、このアルバムに通底する感情的というよりはどこか客観的な視点に立った見方を端的に表現している。一方で随所にちりばめられているのは郊外的な閉塞感であり、あくまでもその視点の先は個人的・内面的な方向に向いており、特定の時代性を喚起させる。

 

4. Exit Music (For a film)

映画「ロミオ+ジュリエット」(バズ・ラーマン監督作品)のために書き下ろされた一曲。レディオヘッドには珍しく、”Today we escape”(今日僕らは二人で逃避行に出るんだ)、”Now we are one in everlasting peace”(そして今、永遠の安らぎの中で僕らは一つになる)といったロマンティックな歌詞が特徴的だ。しかし最後にトムは”We hope that you choke”と強烈な一節を放つ。ここで示唆されているのが、客観的な視点から架空のキャラクターを通して紡がれる”OK Computer”に対するトム個人の感情である。このアルバムで彼は様々なキャラクターに憑依し外界から俯瞰的に物語を描写している*10が、この一節ではそんな外界の物語の内面に切り込んで彼の個人的な感情が吐露されている。

 

 5. Let Down

美しいアルペジオに彩られた本楽曲は「移動とスピード」をテーマとしている。トムが「”Let Down”では、絶えず動いているために逆に自分の感情に全く責任が取れないっていう、そういう人間がテーマ」*11と語るように、移動手段の発達に伴って猛スピードで動き回る人間が、自分の居場所に縋りつくこともできずただ彷徨い感じる孤独感を描き出している。その点まさに”Taking off and landing, the emptiest of feelings”というどこか俯瞰的で無機質な表現によって、無批判で受け入れられてきた交通手段の発展の非人間的な部分がより際立たせられている。

 

6. Karma Police

アコギとピアノを基調としたフォークバラードである同曲は、アルバムの中ではシンプルな作りとなっている。「カルマ」とはもともとは仏教の基本的概念であるが、ここではトムが「ここで使っているのは西洋社会で意味を歪曲されてしまったカルマ」*12と言っているように、今日一般的に使われる「業が深い」などといった時の業の意味でとらえるのが適当であろう。そんな業の警察が取り締まるのは数字の話ばっかりの(”He talks in maths”)資本家だったり、ヒトラーみたいな髪型の(”Her hitler hairdo”)女性だったりと、そんな中で”I’ve given all I can. It’s not enough”と自戒の念を忘れない。また、”This is what you get”―「これがオチだ」というブラックユーモア溢れるサビのリリックは、そんな中流階級の行き着くところを示している。

 

7. Fitter Happier

同曲はコンピューターボイスに歌詞を読ませて典型的な中流階級の望みリストを挙げる約二分のナレーションとなっている。しかしながら、最後には”A pig in a cage on antibiotics”というなんとも強烈な一節が待っている。国家や企業によって押し付けられた人間の理想像が、いかに馬鹿げていて恐ろしいかをまさにこの一節が暴いているのだ。

 

8. Electioneering

アルバム内では最もアップテンポな曲で本アルバムにおいて唯一のギターロックナンバーであろう。”Say the right things when electioneering”や”I trust I can rely on your vote”等、非常に政治的なメッセージが色濃い歌詞に要注目だ。票稼ぎのために選挙中には耳障りの良いことだけを吹聴し、いざ当選したらそんなマニフェストなんて知ったこっちゃないと切り捨てる、そんな現代政治家への皮肉であふれた歌詞は、挙句の果てには”Cattle prods and IMF”と名指しで国際通貨基金を非難するまでの好戦っぷりである。”voodoo economics”という父ブッシュのレーガンの経済政策(レーガノミクス)を揶揄した表現が使われていることからも分かるように、ここではレーガノミクス(特に富裕層に対する減税政策)への痛烈な批判、さらにそうした企業家・投資家側を優遇する政策をIMFが世界規模で展開したことに対する失望感が込められているのだ。こういったレディオヘッドの経済観は、当時トムがノーム・チョムスキーを熟読していたことに影響を受けている*13。実際にチョムスキーは、現在の新自由主義的経済システムに関して、「巨大な権力を独占している民間の企業連合が作り上げているシステム」であると痛烈に批判しており*14、サプライサイド優遇の経済活性化政策に警笛を鳴らしている。

 

8.Climbing Up the Walls

「黒ぐろしいかたまりのような音」との評が印象的な一曲。くぐもったドラム音にノイジーなギターリフが重なり、叫び声とともに不協和音でのラストを迎える。それからまさにがらっと一転、”No Surprises”の美しい鉄琴が鳴り響くコントラストは圧巻。

 

9.No Surprises

ということで、アルバムは終盤―鉄琴とアルペジオが美しい”No Surprises”へとなだれ込む。この曲のサウンドはアルバム一の美しさとかすかな幸福感に彩られているが、内実は全くの皮肉である。一見するとそこに描かれているのは郊外の平凡な生活であるが、「皮肉さ。全くの皮肉。これ以上無理っていうくらいにね。あの曲をまんま解釈するなんて、できるわけないよ。」*15というトムの発言にもあるように、平凡に見える日常が一方で世界の環境破壊に加担しているというのにそれに全く気付かない、そんな中流階級一般の一種の「事なかれ主義」を皮肉っている。”I’ll take a quiet life and a handshake of carbon monoxide”というリリックにも表れているが、”no alarms and no surprises”―「平穏であれ。何も起こらないでくれ。」と希望を願う先進国に住む市民たちが、実際はプラスチックを燃やすなど環境破壊に(それもほぼ無意識的に)貢献しており、世界の平穏を破壊する一端を担っている、という残酷な真実を見事に歌い上げている。実際にこの第三世界を苦しめる「事なかれ主義」の帰結として発生したアジア通貨危機からの「リーマンショック」は、まさにこうした先進国の「事なかれ主義」が第三世界を通して翻って先進国へ影響を与えるという一種のしっぺ返しであった。*16。結局この自分の幸せだけを追求する事なかれ主義は悲惨な結果を生んでしまったのである。この点はまさしく”Kid A”において展開される、「自分の幸せは誰かの幸せを犠牲にすることでしか成り立たない」というあまりにも残酷なメッセージへと実を結ぶこととなる。

 

11.Lucky

この曲は元々、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦争の孤児のためのチャリティ用コンピレーション・アルバム用の曲として先行リリースされている。そういった背景もあり、”OK Computer”内で唯一と言っていいポジティブな歌詞が特徴的だ。特にこの歌詞は”We are standing on the edge”や”I feel my luck could change”といったバンドの状況を示唆させる内容が多く、様々な解釈ができそうだ。

 

12.The Tourist

この曲も”Let Down”同様、移動とスピードをテーマにしている。最後の”Hey man, slow down”は、移動手段の発展に伴ってせわしなく動き回っている人々に対して、「そんなんじゃ孤独を感じちまうよ」と語りかけているようであるが、一方でトム自身に、「そんなに急いで、いったいどこへ向かうんだ?」と自問しているのかもしれない。最後のベルの音でアルバムは終わるのだが、日本人の私からすると、このベルの音が葬式の鈴の音に聞こえて仕方がない。

 

 ここまでの全曲レビューを通して、”OK Computer”に通底するテーマがそれぞれの楽曲にどのように反映されているかを見てきた。テクノロジーに対する皮肉を込めた”Airbag”に、現代の時間価値の絶え間ない上昇が生む孤独感を歌った”Let Down”や”The Tourist”、そして平然と暮らす中流階級に辛辣な批判を浴びせる”Electioneering”や”No Surprises”等、詳細は述べてきたとおりである。レディオヘッドはこういったテーマを、あくまでも架空のキャラクターを通して表現してきた。しかしながら同時に、”Exit Music(for a film)”で述べたようにまさにトム自身の感情を表しているとしか言えないようなリリックが挟み込まれている。この点は、まさに人間の感情的な部分を一切排した”Kid A”との大きな違いである*17

 トムヨークは中流階級に対して数々の皮肉を浴びせているが、そうした彼の考え方が「強者を論い、弱者に寄り添うこと」と一体であるとするのはいささか早計だ。弱者を貪る中流階級に対する批判についてはこれまで見てきたように様々な場面で見られ、アルバムのテーマの一つともいえよう。その点前者の「強者を論う」ことに関してはまさにその通りである。しかし果たして「弱者に寄り添う」ことに関してはどうだろうか。トムがチョムスキーの影響を受けているということは先ほど述べたとおりだが、こうした影響を受けてトムは新自由主義に反発している。この新自由主義というサッチャーレーガン推し進めた市場原理主義への回帰はケインズ的な福祉国家の解体をもたらし、規制緩和や価格統制の禁止が行われたのである。しかしこうした新自由主義の試みは結果として、まさにトムが批判するような、”富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しく”という状況を生み出してしまった。さらに、「ネオリベラリズムとはグローバル化する新自由主義であり、国際格差や階級格差を激化させ、世界システムを危機に陥れようとしている」*18といったデヴィッド・ハーヴェイの指摘にもあるように、新自由主義は、暴力的なグローバリズムとの関連性も高く、「新植民地主義」と揶揄されている。こうした点はトムのグローバリズム批判と関連付けて考えることができるのではないか。さらに”Electioneering”でIMF批判を行った彼だが、その理由も、ワシントン・コンセンサスという米国主導の資本主義を押し広げようとする動きをIMFが支持したことに対するスティグリッツの批判(=「ワシントン・コンセンサスの実現によって格差社会が世界中に広がっている」)*19を参照すれば明らかであろう。

 こういった新自由主義批判という点ではトムは「弱者の側に立って」いるのだが、一方で”Airbag”でも述べたように、彼は国家や企業が人々に押し付ける安全や利便性が恐怖さを植え付けることでしかないと考えている。(のちに”2+2=5 (The Lukewarm)”で鮮明に表明するように彼はジョージ・オーウェル的管理社会・全体主義には強く反発している。)彼はあくまでも「弱者の側に立って」いながらも、それに国家が必要以上に介入することには批判的なのである。そんなネオリベラリズム福祉国家論の間に立つ彼は、先ほどから述べているように、専門家の持つ過度の抽象性とは異なり、あくまでも時代性に即して日常的な生活に寄り添っている。まさにここが、レディオヘッドの大衆性であり、音楽面の難解さを克服する処方箋となっているのだ。

 

 おそらくこんなレビューをトムが目にしたら、「なんて馬鹿げてるんだ」とも「考えすぎだ」とも言いそうである。あくまでも音楽、そしてポップ・ミュージックはエスケーピズムの産物であり、社会的な様々な問題を抜きにして、楽しめるものなのだ。そしてこの”OK Computer”も例にもれず、ポップ・ミュージックとして十分機能するし、一聴してリスナーを引き込ませるような魅力に満ちている。だから、何も考えずにピュアな状態で聞けば、”No Surprises”や”Let Down”なんかは、その美しさに心を惹かれるだろう。何をするにも考えてしまう性分の私にとっても、”OK Computer”にハマったのは単純にその音に心惹かれたからである。今回書いたようなことは、そんな心惹かれた音楽をもう一度しっかりと理解しよう、という試みの上で意図的に行ったことである。音楽を聴きながら考えずにはいられないという困った性分の私が、なんとか、”OK Computer”という大傑作を言語化してみようとのひょんとした思い付きで書き始めたはずの文章がなんだか大仰っぽく、長ったらしくなってしまった。そしてあくまでも個人のレビューであり、個人の見解であることをここに記しておきたいと思う。

 約一か月前に、”OK Computer”20周年がリイシューされたのだが、なかなか聞けずにいる自分がいた。それは大傑作としてのイメージを壊したくなかったからかもしれないし、このアルバムを聴いていたころのつらい時期を思い出したくなかったからかもしれない。レディオヘッドは大好きだが、大好きであるからこそ気軽に聴けない部分がある。そんな中でやっとこさ”I Promise”を手始めに、”OK Computer”を聴き直した。以外にも聞き終わったときの印象はあっさりとしていた。冷静に、歌詞を、メロディーを見つめることができ、今さらながら細かい発見もあった。こんな聴き方を昔は到底できなかった。それは、昔の、感情を掻き毟られながら、必死に、アルバムに縋りついていくような聴き方とはまるで違った。昔の”OK Computer”とは別物のようで、何度も聴いて耳に残っているメロディーは、いつの間にか安心感となっていた。このリイシューを初めて聴く人はどんな感想を持つだろうか。圧倒的な音のレベルの高さに驚くだろうか、サウンドの美しさに心惹かれるだろうか、はたまた全く心に響かないだろうか。2017年に生きる我々は、”OK Computer”をどのように迎えるだろうか。その可能性は、まさに無限大である。

*1:rockin' on『rockin' books vol.7 RADIOHEAD』p.68

*2:rockin' on 『ロッキンオン9月号(2006)』p.55

*3:rockin' onrockin' books vol.7 RADIOHEAD』pp.84-85

*4:『防犯カメラ』の活躍場所 | ニュースエムズ

*5:安心安全情報のセキュリティ産業新聞社 セミナー情報 第8回日本防犯設備協会特別セミナー 「イギリス・ロンドン市における防犯カメラの現状について」

*6:中級コース:2016年夏のレディオヘッド(Radiohead)を120%楽しむために。確率70%から20%で演奏しそうな、主に90年代の珠玉の10曲 | The Sign Magazine

*7:http://www.songfacts.com/detail.php?id=4952

*8:500 Greatest Songs of All Time | Rolling Stone

*9:rockin' onrockin' books vol.7 RADIOHEAD』p.105

*10:前掲書p.104

*11:前掲書p.91

*12:前掲書p.94

*13:"OKNOTOK"ライナーノーツ

*14:チョムスキーチョムスキー、世界を語る』

*15:rockin' onrockin' books vol.7 RADIOHEAD』p.96

*16:"OKNOTOK"ライナーノーツ

*17:rockin' onrockin' books vol.7 RADIOHEAD』pp.104-105

*18:ハーヴェイネオリベラリズムとは何か』

*19:スティグリッツ『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』