ゆーすPのインディーロック探訪

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"EDMの象徴"によるファンクへの転回が意味するものーDisc Review : Calvin Harris / Funk Wav Bounces : Vo.1

"EDMの象徴"によるファンクへの転回が意味するもの
Disc Review : Calvin Harris / Funk Wav Bounces : Vo.1 (2017)

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 確かに私は、サマソニにカルヴィンハリスがヘッドライナーとして出演することが決まった時、なんだカルヴィンハリスか。と肩を落とした。昨年コーチェラのトリで出演さえしたが、EDMの時代はもう終わったというのに、と思った。"Ready for the Weekend"は好きだったが、その後の"18 Months"を経て"Summer"による完全に流行りに乗じたEDMへの転向、さらには"This Is What You Came for"でのトロピカルハウスブームへの便乗。なんだか私はこの流行への執着があまり好きになれなかったのだ。しかし、こうした私のカルヴィンハリスに対する認識は間違っていたと認めざるを得ない。全てがこの傑作"Funk Wav Bounces : Vo.1"に帰結した、とするのは少し言い過ぎだろうが、間違いなく、これらはこの傑作への布石であった。

・EDMの象徴によるポストEDMの模索
 カルヴィンハリスの衝撃のファンク、ブラックミュージックへの転向は2月に発表された"Slide"で明らかになった。同楽曲は、現在主流のヒップホップ/R&Bシーンにおけるそれぞれの代表選手MigosとFrank Oceanを迎え、まさに2017年の各ジャンルのエッセンスのいいとこ取りであった。EDM後のエレクトロのあり方を模索したCalvin Harrisは、アンビエントR&Bによってその美的価値を生み出したFrank Oceanの"Blonde"にそのヒントを見出し、それを2017年のシーンを代表するまさに時代の音の寵児であるMigosを迎え、今年を代表する音を生み出した。この"Slide"のレコーディングが2016年だったことを考えると、このMigosの起用にいかに先見の明があったかは明らかである。続いてリリースされたのは"Heartstroke"だ。この楽曲では、Pharrell WilliamsとAriana Grandeという世界的ポップスターに加えて新譜をリリースしたことも記憶に新しいYoung Thugをフューチャー。この曲もAOR的でロマンティック、そしてファンクなサウンドが特徴的だ。この二曲に代表されるように、EDMが真夏の太陽に照らされたビーチを想起するとしたら、ここで鳴らされている曲はまさにその夕暮れ。BPMをぐっと落とし、自由に踊れるファンクサウンドがその根底にある。彼はこのアルバムで、今流行の中心にあるヒップホップ/R&Bシーンの要人を数多くフューチャーすることで時代の音を取り入れ、EDMからの脱却を果たし、ファンク/ディスコサウンドを基底とする新たなーまさしく2017年的なエレクトロミュージックの形を作り上げたのである。

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"Funk Wav Bounces : Vo.1"からのファーストシングルであり、カルヴィンハリスのファンク、ヒップホップ/R6Bへの衝撃の転向が明らかになった一曲。夕暮れのビーチでこれを聴きながらマリブコーク飲むとかしたい次第。

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こちらは同アルバムからのセカンドシングル。Young ThugとPharrell WilliamsAriana Grandeという最強の布陣を迎えたAOR的一曲。

 
 カルヴィンハリスのキャリアを振り返ってみると、このファンクへの転向が偶然ではなく必然的なものであったことが分かる。彼がEDMを捨て去った訳は、一言で言ってしまえば「EDMの衰退」である。2010年代に入り爆発的な人気を博したEDMは、10年代の半ば以降はそのプレゼンスを失った。Aviciiのライブ活動からの引退、Kygoの登場に代表されるEDMのトロピカルハウス化、Skrillexジャスティン・ビーバー作品への参加やDavid Guettaの新譜に見られるEDMのR&B化等々。「即効性の強い強烈なリフをいかに生み出すか」に重きを置いていたEDMは、その効力を活かして瞬く間に世界中の音楽シーンを圧巻した。しかし、同じ理由で、飽きがくるのも早かった。EDMの衰退もまた瞬く間だったのである。そしてEDMが衰退した今、それに取って代わって世界的潮流となっているのがヒップホップやR&Bといったブラックミュージックであり、実際チャートの上位はThe WeekendやMigos、Rae Suremmurdといったヒップホップ、R&Bアクトが占めている状況である。そんな状況で、EDMアクトがそれぞれ様々な道を模索している中で、カルヴィンハリスが選んだのはそんな今やシーンの中心となったヒップホップ、R&Bだったのである。しかし、この彼の卓越した時代感覚と言おうか、時代を読み取るセンスは実は今作に限った話ではなかったのだ。

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今年の夏を象徴するのがこの"Funk Wav Bounces : Vo.1"だとすれば、昨年の夏を象徴したのはKygoに代表されるトロピカルハウスだった。
 
 彼のファーストアルバムは2007年リリースの"I Created Disco"。ここで鳴っている音はまさにLCD Soundsystem的なダンスパンクと言おうか、USロックにおける一つの潮流であったThe RaptureTV on the Radioといったディスコ・ファンクサウンドを踏襲している。この点はまた後述するが、この点から鑑みると、今作"Funk Wav Bounces : Vo.1"における彼のファンクへの衝撃の転向に一つの歴史的裏付けが可能なのである。その後リリースした"Ready for the Weekend"で1stアルバムの面影を残しつつ、以降のEDMサウンドへの布石を打ったかと思えば、2012年というEDMの黎明期に、リアーナをヴォーカルに迎え世界的ヒットとなった"We Found Love"を収録した"18 Months"をリリース。彼は同楽曲で、サビに向けて徐々にビルドしていきそのサビで即効性のあるシンセリフとともにピークを迎える、というある種EDMの雛形となる様式を確立するのである。このように、カルヴィンハリスの優れた時代感覚はデビューの時から備えているものであったのだ。ともすると、衰退したEDMに見切りをつけて、世界的潮流の中心にあるヒップホップ、R&Bへと転回を果たしたのは決して偶然なんかではなく、必然であった。と言えるのではないだろうか。

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EDM化以降のカルヴィンハリスしか知らない人は少し驚くかもしれない。彼がデビュー時に志向していたのはまさしく「80年代」のディスコだったのである。

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カルヴィンハリスの名を世界中に知らしめた大ヒット曲"We Found Love"。この王道のEDM的な音作りは多くのフォロワーを生み、多大な影響を与えた。
 
・「ファンクへの転向」が意味するもの
 先程述べたように、カルヴィンハリスのファンク、ディスコへの関心の高さはデビューアルバム"I Created Disco"から感じられる。このアルバムがリリースされた2007年登時は、ファンク、ディスコのリバイバルがダンスパンクという形で顕在化していた。そしてそれを代表する存在が、James Murphyであり、LCD Soundsystemであった、ということは前述の通りである。その意味で、今2017年現在リバイバルを引き起こそうとしているファンクというジャンルは、一度この時期にロックからのアプローチでもって、リバイバルの試みが為されたものなのである。しかし、この試みから約10年が経ってこの2017年に再び巻き起ころうとしているリバイバルは、よりジャンルを跨いだ横断的なものである。昨年印象的だったのはBruno Marsの"24K Magic"だ。もともと彼はMark Ronsonとのコラボで大ヒットを記録した"Uptown Funk"というまさしくファンキッシュな楽曲を送り出していたが、彼のこうしたファンクへの傾倒がより明らかになり、より濃密で質の高いサウンドとなったのはこの'24K Magic"である。そして、ロックシーンという意味でもUKシーンという意味でも昨今では唯一と言って良い成功のモデルケースであるThe 1975が2ndアルバムで垣間見せた80年代アートファンク的なエッセンスも見逃してはいけない。こうした80年代的なファンクへのリバイバルの香りを嗅ぎ付けたカルヴィンハリスは、本作において、あくまでも現在シーンにおいて支配的なブラックミュージックをベースとしながら、そこへファンクのエッセンスを加えることで、見事に新たなエレクトロ像を打ち立てることに成功したのである。
日本の若者にも絶大な人気を誇るBruno Marsの、この"24K Magic"におけるまさに90年代初頭のファンクに影響を受けたサウンドは、広範な層に対してファンクリバイバルの有用性を印象付けた。

www.youtube.com80年代的なエッセンスが溢れるこの"Love Me"は、2016年におけるロックとファンクのあり方を端的に表現している。The 1975が2ndアルバムで提示したこのヒントは今後のロック界にどのような影響を与えるだろうか。

・「夕暮れ」に象徴づけられる"Get Lucky"と"Funk Wav Bounce : Vo.1"の共通項
 そして最後に、こうしたEDMの終わりとファンクリバイバルの流れをいち早く感じ取ったのはあのDaft Punkであったということを述べなければいけないだろう。あの天才的2人組は、遡ること4年前、2013年の段階で、ファレル・ウィリアムスとの象徴的なアンセム"Get Lucky"が顕著に示しているように、ファンクとエレクトロの融合を志向したのである。確かに彼らは"Homework"で顕著なように、元々ファンクとの整合性は高かった。だが2013年というともすればEDM真っ盛りの中でリリースされたあの"Random Access Memories"は異質であったし、なかなか評価が難しい作品であった。 実際彼らは2005年に、アルバム"Human After All"でEDMの先駆けとも言えるゴリゴリなエレクトロサウンドを志向しており、2013年という時代がそんなEDMの全盛期だったことを考えると、この"Human After All"路線を続けるという選択も大いに考えられた。しかしDaft Punkは、早々と自分が撒いた種でもあるEDMというジャンルと決別し、2013年的なファンクとエレクトロの融合を試みたのである。
 Daft Punkが"Human After All"をひっさげた2006年から2007年にかけてのツアーで、虹色に輝く巨大なピラミッドの上で、ヘヴィーなエレクトロサウンドをを次々と投下し、自らのヒット曲を矢継ぎ早にマッシュアップして幾度もピークタイムを演出したことは象徴的な出来事であった。そして、あの幾度もやってくるピークタイムを求めて、EDMというシーンが立ち上がった。EDMにとって、Daft Punkのピラミッドは一つの目標であり、象徴であった。今、そんなEDMから脱却したかつてのEDMのキング、カルヴィンハリスは、夕暮れのビーチを想起させるジャケット写真で自らの音楽のイメージを印象付けた。そのジャケット写真はまるで、Daft Punkの"Get Lucky"のジャケット写真に写る、夕暮れの風景を象徴として、目標としているようだ。ーそれはちょうど、かつてのEDMの象徴と目標が、Daft Punkのピラミッドであるように。

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この二つのジャケット写真に共通するイメージとしての夕焼け・夕暮れは単なる偶然であろうか…